銀座の中心で日本のものづくりの何を叫ぶ!?老舗製造業メディアが、ポップアップショップに挑戦するそのわけとは
膨大な数のアート本や洋書が並ぶ本棚、その所々には目を惹くインテリア雑貨が置かれています。中央に吹き抜けた天井下の空間はギャラリースペースとなっており、重厚感がありながらも抜け感のあるハイセンスな空間が広がっています。
ここは、本を介してアートと日本文化、そして暮らしをつなぐ場所。「アートのある暮らし」を提案する銀座 蔦屋書店の店内です。
銀座 蔦屋書店は、日本最高峰の品々とサービス、世界のラグジュアリーブランドが集まる街(まち)として知られる銀座の中でも、ハイクラスな顧客体験の提供を目指し2017年にオープンした複合型商業施設「GINZA SIX(ギンザ シックス)」の6階に入っています。銀座駅から徒歩2分という立地も、名実ともに銀座を代表する銀座の中心地と言えるのではないでしょうか。
この特別感満載の場所で、2023年10月21日より、タイアップ販売として店頭に並べられているのが、株式会社 日刊工業新聞社企画の「FACTORY’S GOODs」に参加している中小ものづくり企業5社のB2C(一般消費者向け)商品です。
「一体どうやって作られているのだろう」と、一見するだけでは製造方法が簡単にわからないような製品を、一つ一つ手に取りじっくりと眺めていると、吟味された物しか置くことを許されないようなこの空間が、なぜ今回の出展場所に選ばれたのか、わかるような気がします。
この『FACTORY’S GOODs』を企画・運営をされているのは、100年以上続く製造業の産業新聞『日刊工業新聞』を刊行する日刊工業新聞社の有志メンバーの方々です。
本インタビューでは、メンバーの中から、イベント事業部 蓮見 明里(はすみ あかり)さん、デジタルメディア局DX編集部 昆 梓紗(こん あずさ)さん、そして雑誌『プレス技術』記者 鎌池 愛(かまいけ あい)さんに、これまでの取り組みや思いを伺いました。
FACTORY’S GOODsとは
FACTORY’S GOODsは、普段は主にB2B(企業)向け製品を作っているものづくり企業が、B2C(一般消費者)向けに作った製品を紹介・販売するポップアップストアです。 「日本のモノづくりの面白さ、技術の奥深さ、その価値を、若者を中心に幅広い人々に伝えたい。モノづくりへの純粋な驚きと興味を広げ、次世代につなげたい」という日刊工業新聞社の有志社員たちの思いから、2021年より始まりました。商業施設と産業関連の展示会内(主に東京ビッグサイト内)で年に2回開催しており、これまで計4回開催してきています。 2021年度は渋谷のhotel koe tokyo(出展企業5社)、2022年度は原宿のWITH HARAJUKU(出展企業14社)など、過去開催の商業施設は、若者が多く集まる場所、普段はものづくりに触れることのあまりないような場所を選定して開催されました。
銀座の中でもハイクラスなモノと人が集う場所、銀座 蔦屋書店を選んだ理由
ーー5回目の今回は、銀座 蔦屋書店での開催ですね!出展場所はどのように選ばれたのですか?
蓮見さん:今回はFACTORY’S GOODsのコンセプトである「街中で突然モノづくりに出会う」ということプラス、買い物をする気満々の人たちがいる場所というのを重要視しました。銀座 蔦屋書店は高価なアートブックがたくさん置いてありますし、GINZA SIX自体も何百万円もするようなものが売られていて平均単価が高く、購買意欲が高い人たちが集まる場所です。出展者の方々のためには、やっぱり売れてほしいという思いもあるので、目に見えて本当にお買い物をしたい人がいる場所がいいんじゃないかというのがありました。
ーー銀座は海外からの観光客(以下、インバウンド)も多い場所ですが、インバウンド狙いという要素はなかったのでしょうか?
昆さん:元々はあまりなかったですね。銀座 蔦屋書店に提案しに行ったのが今年の4月頃だったのですが、今と比べるとインバウンドが本格的に戻っていたわけではなかったので、そこまで強く考えてはいませんでした。
蓮見さん:出展企業18社のうち14社は前回からのリピートですし、残りの新規4社もインバウンドを意識して選んだわけではありません。出展する商品も毎回こちらが特に指定していないのですが、「今の銀座だったら!」ということで、逆に出展者の方々は今回インバウンド向けに寄せてきている、というのは多少あるかもしれないですね。
ーーこれまでの開催で、渋谷や原宿に来店されたのは、どのような人たちでしたか?どんな商品が売れていたのでしょうか?
蓮見さん:商品はアウトドア系やキャンプギアが割と多いというのもあるからか、男性のお客様が多かったですね。年齢層は幅広く、年齢が高くても服装に気を遣っていて意識が高そうな人が多いように感じました。どの商品がよく売れていたというのはあまりなくバラバラだったのですが、3,000円前後の即決しやすい価格帯のものの方がよく売れていきました。現場で価格を下げた商品も一部あり、そうすると売れて在庫切れになるようなものもありましたね。
ーー 売り場の見せ方の工夫として、一般の人にもわかりやすいように技術の説明を展示することもされているかと思いますが、実際にお客様がそこに興味を持たれたり、見て行かれたりはするのですか?
昆さん:それは展示方法や置き方に大きく左右されていると感じています。渋谷だと割と読まれていましたが、原宿だとちょっと読みづらかったな、置き方があまり良くなかったなと出店場所による要因が結構あると思います。私たちは展示会場を作るプロというわけではないですが、毎回出店する場所に合わせて試行錯誤してやっています。
今回の銀座蔦屋書店の会場は、白い壁に囲まれたギャラリーのような空間です。それを生かして、企業紹介や写真は壁にずらりと掲出することで読みやすさを狙っています。
若い人へ、ものづくりの面白さは届くのか
ーーFACTORY’S GOODsは「日本のモノづくりの面白さや技術を若者を中心に幅広い人々に伝えたい」という思いから生まれた企画ということですが、これまで開催されてきた中で、実際に若い人へそれは届いていると感じていますか?
昆さん:商品の金額が高いということもあると思うのですが、実際にお買い上げいただくお客様の年齢層も高いということが、これまで何回かやってきた中でわかってきました。ただ、若い人でも、偶然フラッと立ち寄っただけという人が、出展者さんと熱心に話していたり、話が盛り上がって購入するというシーンは見られ、毎回そこはすごくいいなと思っています。
今回の銀座 蔦屋書店のような一般の商業施設への出店だけでなく、東京ビッグサイトで開催する弊社主催の製造業の展示会にも技術展示を兼ねて出店しています。そこに見学で来ている製造業の若手や学生さんたちは結構食いついてくれますね。若い人でも製造業に足を踏み入れている人には、興味を持ってもらえていると感じています。
蓮見さん:ものづくりに興味を持つ若い人を増やしたい、そして少しでも若い人にものづくり業界へ入ってきてもらいたいという思いから、始めはとにかく若い人に届けたいという欲求で始めました。「若手」とか「リクルート」と言うとお金が集まりやすいのも正直あるので、そうしたかったところもあるのですが、これまでの傾向からだと難しいとわかったので、今年は「若者向け」というところからはかなりずれた感じにはなりました。
昆さん:これまでも企画を練っている中で、若者向けのちょっとしたものづくり体験やリクルートイベントを考えたりはしました。でも、若者に刺さるような企画を作るのはなかなか難しいという話は、弊社の別の部署でも結構同じように出ています。私たちもいろいろと考えてみた結果、専門性のあるメディアとしては、今やっていることをもう少し深めたり広げたりする方がいいのではないか、ということになりました。
蓮見さん:あまりにも“若者に”と絞ると、逆にスベるというか…。そこへのこだわりは段々薄れてきた感じですね。今は若い人というより、専門性のない人にもわかりやすいように、面白いように届けるにはどうすればいいのか?と考えるようになりました。そうすることで、結果的に若者を含め、幅広い人たちに刺さるんじゃないか、それでいいんじゃないか、と考えるようになりました。
「推し?」「風通し?」出展企業や商品を選ぶ際、どこを見ているのか
ーー皆さんの関連記事やコンテンツを拝見していると、製品の「おしゃれさ」や「自分が買いたいかどうか」という個人の感覚的なこともすごく影響しているのではないかと思っているのですが、製品や出展企業はどのように選ばれているのですか?(編集部注:FACTORY’S GOODsの出展企業は募集制ではなく、運営の皆さんが検討の上選んだ企業にお声がけし決定されている)
昆さん:メンバーの誰か1人が激推しするかどうかですね(笑)。取材の中で聞いた開発経緯や事業への本気度も含めたことがベースにはあるので、製品だけで選んでいるわけではないですね。
蓮見さん:本当に、誰か1人がめちゃくちゃ応援すれば!という感じです(笑)。それで反対するということはそんなにないですね。その人を応援したい、そして製品がかわいい、みたいな感じです。逆の場合もあります。製品を見てどんな人が作っているのかなと調べてみると、作っている人もめちゃくちゃ素敵!という感じですね。
昆さん:そして「一緒にやってみたいな!」ということも含めて、総合評価になっているんだと最近気が付きました。製品の金額が少し高いんじゃないかなと思って話を聞いてみると、目には見えないような作りへのこだわりや、そこに行き着くための試行錯誤があったりして、その理由なら応援しようとなったりもします。逆に、製品は良いのに現場と経営側でモチベーションが違っていて、この先うまくやっていけるのかどうか心配になったりと、そういう感覚的なところも、製品や企業選びの際には結構あるような気がしています。
蓮見さん:製品を見れば、この会社が客観的な姿勢や視点を持っているかどうか、とりあえず作れるものを作っただけなのか、本当にこれに思い入れがあるのかというのは大体わかる気がしますね。それをどう言語化すればいいのかわからないのですが、「できるものに飛びついている感」を感じてしまうと、“なんか嫌”となりますね。
結局、どんな製品や企業を選んでいるかというと、応援したくなるかどうかですね。「応援したくなる人は、大体いいものを作っている」、ということはある気がしますね。
昆さん:あとは、一発屋じゃなく続ける意思がある企業かどうかということも見ていると思います。特にFACTORY’S GOODsに参加いただいている企業の方たちは、B2Cで一発逆転だけを狙ってやっているところはないですし、B2Cそのものの売り上げですぐには利益が出なくても、B2Bに繋げるとか、やめるつもりはないという気持ちで続けられているところが多いです。ただ、現実的にはやめてしまう企業もゼロではありません。うまくいかないからやめるというのはもちろんありますが、B2Bが上向いてきて仕事が増えたからやめるという企業もあります。取材を打診しても、「今はやっていません」という企業も少なくないですね。
ーー鎌池さんはB2Cに取り組むたくさんの企業を取材されてきた中で、B2Cを続けられている企業とそうでない企業があるとしたら、何処に違いがあると思われますか?
鎌池さん:人的なリソースが少ない会社は、残念ながら続けにくい傾向にあります。ただ、少ない人数でもきちんと経営者がグループを社内に作り、仕事量を調整しながらプロジェクトを長く続けられる雰囲気と制度を整えられた会社は、新たな製品開発ができています。 逆に、社長が1人で進めているプロジェクトは、よほど社長自身が「絶対にこれを続けていく!」という熱意がない限り、本業で何かしらのインシデント(事故・障害等)が起こると途絶えてしまいます。
自社製品は売り上げをあげることももちろん大事ではあるのですが、いかに全社的に取り組んでいけるかということがポイントだと思います。イベントに出たり、メディアに出たりといったことをみんなで喜び、楽しみ、受注がたくさん入れば現場で歓声が上がる。そんな雰囲気づくりはとても大切だなと思います。取材先の企業でもそういった風通しの良さがある会社はうまくいっていると思いますし、最近の製造業が変わってきているなと感じる部分でもあります。
日刊工業新聞だからこそできる応援のかたちを模索して
ーー日刊工業新聞の誌面の方では、B2Cはどのような立ち位置なのでしょうか。
昆さん:B2Cの文脈は、(日刊工業)新聞の方では取り上げられにくいというのはあります。やっぱり大型のB2B案件を受注したとか、最新型の機械を導入したというニュースの方が誌面には大きく載りますし、技術を求めている人が読む新聞なので、そこはしょうがないところです。それをウェブの方の『ニュースイッチ』やFACTORY’S GOODsの企画の方でサポートしているというような形です。
ーーニュースイッチに掲載されているB2Cに取り組む企業や、FACTORY’S GOODs関連のコンテンツを見ていると、皆さんと出展企業の方々が、とても良い関係性を築かれているんだろうなと感じます。実際にこれまでの出展企業は、ほぼ100%のリピート率だそうですね。良い関係性が築けている理由はなんだと思われますか?
昆さん:代替わりで若い後継の方々が入ってきたというのは多分あるとは思います。でも、マイナスの面で言うと、代替わりしたタイミングで弊社との関係が切れてしまう企業も結構あったのではないかと思います。ニュースイッチを始めた2015年頃に、会社としても「新しいことをやっている」とか、「中小企業の新たな取り組みを応援している」というメッセージを出していかないといけないのではないかと話していたので、そういう意味で“代替わり”というのは一つ要因になっているかもしれません。ただ、後継ぎだから、若い経営者だからという理由で話をしに行ったというのは1回もないですし、考えたこともなかったですね。実際に、出展企業の担当者の方々は、30〜60歳代と、年齢層は幅広いです。
もちろん日刊工業新聞だから話を聞いてくださる企業は本当に多いと思うのですが、FACTORY’S GOODsだけでお付き合いが始まったというわけではなく、過去に取材したことがあり、会社のことも、ものづくりに携わっている人のこともある程度わかっているという関係性は、やはり大きいと思います。