越前漆器と、物語と、伝え手に『倉庫』で出会える「一期一会マーケット」が生まれるまで (1)
福井県越前鯖江エリアは、越前漆器、越前和紙、越前箪笥、越前刃物、越前焼の5つの伝統工芸に加え、メガネ、繊維と全部で7つの地場産業が半径10km圏内に集まる、全国でも珍しいものづくり産地です。
福井県には、ものづくりに関する大きなイベントが3つあります。今年10年目を迎える体験型マーケットRENEW、メガネ供養などで知られているメガネフェス、共創や次世代への継承のきっかけづくりを目指すマーケットイベント千年未来工藝祭です。これらのイベントがきっかけとなり、越前市、鯖江市、越前町を中心に、福井県は日本全国から来訪者が集まる産業観光地として日々進化しています。
進化を続ける越前鯖江をより深く知るべく、私、ものづくり新聞記者 佐藤は滞在型お試し就業プログラム「産地のくらしごと」によって、2週間ほど福井県に滞在しました。宿泊先は、鯖江市河和田町の古民家シェアハウス山のいえ。滞在中はリモートワークで本業を続けながら、休日などの空き時間には越前鯖江のものづくりの工房見学やものづくり企業で三日間お試し就業をさせていただきました。
この2週間は日々刺激的で、毎日あったことを全てお伝えしたいくらいなのですが、今回特に強く惹かれたお話や体験を厳選して、3本の記事にまとめました。記事を通して、皆さんにワクワクするような体験談や、産地の魅力をお届けできたら嬉しいです。
今回お話を伺ったのは、福井県鯖江市河和田町で越前漆器を販売しているショップ「漆器久太郎」を営むお二人。製造卸や商品開発を行う株式会社曽明漆器店の3代目代表取締役 曽明久直(そうめい ひさなお)さんの妻 曽明 富代(そうめい とみよ)さんと、4代目の曽明 晴奈(そうめい はるな)さんです。お二人は親子でありながら、曽明漆器店を共に支えるパートナーでもあります。
お二人に出会ったのは、2024年3月2日に福井ものづくりキャンパスで行われた「越前鯖江デザイン経営スクール」の商品・サービス開発プロジェクトの最終発表会でした。後日、発表会で知った「一期一会マーケット」について詳しくお話を伺うため、ショップを尋ねました。
産地の分業制度を支え、職人や工程の間の橋渡し役である「製造卸」
株式会社曽明漆器店は、1923年創業の、主に越前漆器を扱う問屋です。初代の曽明 久太郎(そうめい きゅうたろう)さんは石川県山中町出身の漆器職人でした。富代さんの夫である久直さんは久太郎さんの孫にあたります。それまでは製造と卸が主な事業内容でしたが、2003年、富代さんは当時の業界では珍しかったECサイトをいち早く開設しました。そこで扱っている商品を直接手にとって見てみたいという声に応え、2016年にオープンした実店舗が「漆器久太郎」です。お店の名前は初代の久太郎さんの名前から由来しています。
漆器業界では、各工程が分業制度によって別々の職人によって進められます。そのため、工程途中で未完成である仕掛品を一時保管し、タイミングを合わせて運ぶ役割が必要になります。曽明漆器店がその工程間のやり取りを仲介することもあります。
漆器業界の構造と抱える課題
漆器は各工程を別々の職人が担当する、分業制によって作られています。漆器業界には大きく分けて3種類の工程があり、木地、塗り、加飾(絵付け)の順に工程が進められます。木地師はろくろを使って荒挽や木地といった漆器の基礎となる部分を作ります。塗り師は外塗りと内塗り、下地塗り、仕上げ塗りなど、塗る場所などによって分業されています。蒔絵師や沈金師は塗りの工程を終えた漆器の上に装飾を施します。
漆器業界と密接に関わっているのは、旅館や割烹などの飲食業です。実際に、越前漆器は業務用漆器の製造で全国の80%を超えるシェアを誇っていると言われています。*1) 天然漆器に比べ安価でレンジや食洗機も使えるという理由から、業務用漆器には合成漆器が選ばれることがほとんどです。市場で出回っている漆器と言われるものは合成漆器であることが多いことに加え、ライフスタイルの変化によって漆器自体を必要とする機会も減ってきています。
元々漆器は和食や、日本の季節ごとの行事と密接に関わっています。ですが、最近では漆器自体をあまりよく知らない方もいます。そのため、昔ながらの作り方や使い方や固執してしまうと、漆器が市場から姿を消してしまうこともあり得ます。漆器を未来に残すためには、作り手、伝え手ともに新しい販路や商品を生み出し、発信することが求められています。
曽明漆器店の「一期一会マーケット」とは?
一期一会マーケットとは、長年越前漆器のものづくりを支えてきた曽明漆器店が自社倉庫を舞台に不定期で行う、マーケットイベントです。自社倉庫にあるデッドストック(滞留在庫)を販売し、漆器を使った試飲や試食などによって、漆器の新しい使い方も提案しています。また、漆器をあまり使ったことがない初心者も、学びながら楽しめる仕掛けがたくさんあります。
一期一会マーケットが生まれるきっかけとなったのは、「越前鯖江デザイン経営スクール」の半年間の「商品・サービス開発プロジェクト」です。越前鯖江のものづくり企業とクリエーターたちがタッグを組み、新しい商品や企画を生み出し、実行するというものです。
💡 越前鯖江デザイン経営スクールとは? 越前鯖江の企業と参加者(市内外のクリエイターやプロジェクトマネージャーなどの右腕人材の卵)を結びつけ、これからの時代にあった商品やサービスを開発する実践型のデザインスクールです。約半年間を通し、広義のデザイン視点を携えた協働の姿勢を育みます。(引用元:越前鯖江デザイン経営スクール)
今回、スクールの一期生としてこのプロジェクトに参加した企業は、 越前市、鯖江市にある、以下の4つの企業です。
- 曽明漆器店
- 沢正眼鏡
- 小柳箪笥店
- 越前セラミカ
これらの企業に、クリエーターや、福井の企業に務める方、プロジェクトマネージャーを志す若者が仲間入りし、5名前後のチームとなります。企業の持つ課題や強みに着目し、新たなサービスや施策を考案し、実行します。
曽明漆器店のチームには、以下の4名が加わりました。
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池田武史(いけだ たけし)さん
i.Design Studio(アイ・デザインスタジオ)代表・デザイナー
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宮藤遥香(くどう はるか)さん
タラコデザイン株式会社
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早川祐美(はやかわ ゆみ)さん
OOKABE Creations株式会社
マーケティング部 企画編集者
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中川晴香(なかがわ はるか) さん
会社員
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2023年9月からの半年間、オフラインでのミーティングだけでなく、終業後にオンラインミーティングツールなども活用して行われた話し合いは、深夜2時まで続くことも多かったのだとか。クリエイターやデザイナーなどを迎え入れ、新しい仲間と一緒に話し合いをするためには、企業の歴史や、思いの部分を根っこから知ってもらう必要がありました。プロジェクト開始直後、参加企業の皆さんはそういったことの伝達にとても苦労されたようです。
そんな、初めての試みである「越前鯖江デザイン経営スクール」の商品・サービス開発プロジェクトから生まれた「一期一会マーケット」は、どういった背景で誕生し、曽明漆器店のどんな課題を解決したのでしょうか?曽明漆器店の富代さん、晴奈さんにお聞きしてみたいと思います!
曽明漆器店が長年抱えていた課題
ーープロジェクトでは、まずどういったことから着手されたのでしょうか?
晴奈さん:「チームに加わってくれた参加者たちに曽明漆器店の事業内容や歴史を理解してもらった上で、現状の課題を一緒に洗い出すところから始まりました。いくつか挙がった課題の中で特に注目されたのが、廃番になった商品などの在庫がデッドストックとなって積み上がり、倉庫を圧迫していたことです。10年くらい前から空いた時間を見つけては少しずつ倉庫の在庫整理を行ってはいたのですが、少ない人数で行っていたこともあり、大きな変化はないままになっていました。」
富代さん:「問屋として卸業とともに自社商品開発も行う曽明漆器店にとって、在庫の圧迫はその両方に影響する大きな問題です。倉庫が圧迫されていると完成品を置く場所がないので、そもそも新商品の開発に着手することができません。
富代さん:「10名前後で、丸1日かけて掃除をしました。1日の終わりには、参加者へのお礼として好きな漆器をプレゼントしました。この『漆器払い』はプロジェクトに参加したチームメンバーのアイデアが採用されたものです。」
倉庫から出てきたのは22,000個、4,500万円分の商品
ーー倉庫にはどのようなものがどのくらいあったのでしょうか?
富代さん:「倉庫にあったのは、22,000個もの商品で、金額にして約4,500万円分。特に多く出てきたのは、荒挽や木地でした。問屋として各工程を担当する職人の間を仲介し、工程と工程の間の期間は商品を自社倉庫に仮置きをしていたため、通常販売されることはない途中工程の荒挽や木地が多く残っていました。」
💡 荒挽とは「木取り」という使用する原木を選定し、必要なサイズにカットする工程のあと、器の形に合わせて荒く削り出したもの。(引用元:曽明漆器店)
💡 木地とは荒挽の状態からさらに挽いてお椀の原型になったもの。(引用元:曽明漆器店)
晴奈さん:「木地や荒挽の状態は良かったのですが、用途がわからず、マーケットに出しても買ってくれるかな、という不安がありました。しかし、クリエーターなどのお客さんが置き物やアクセサリートレーとして購入してくださいました。なかには、自分でお椀を挽きたい、という理由で荒挽を購入された方もいて驚きました。マーケットでは直接お客さんと会話をすることができるので、気づきや学びも多かったです。」
ーー発表会の日の展示場所でも木地や荒挽も買えるのか?と聞いていた方もいらっしゃいましたね。倉庫から見つかって意外だったものや驚いたものはありますか?
晴奈さん:「倉庫には徳利袴(とっくりばかま)というものがありました。これは、とっくりからの液だれが畳やテーブルについてしまうのを防ぎ、倒れにくくするための、とっくりの下に被せる器です。以前は旅館や料理屋などで使用されていましたが、現在はそれらもあまり見られなくなっています。私自身も今回初めてこれが何なのかを知りました。とっくりと一緒に使うものとして本来の使い方で販売するというよりは、その文化を知るきっかけとしてマーケットを開き、使い道は使い手の自由な発想に委ねたいという思いがあります。おつまみを入れる器にしても良いし、お菓子や小物を入れるものとしても使えそうです。」
漆器のトリセツ「漆器プロフィール」と「うるしピクト」とは?
ーーマーケットではどういった風に展示と販売をされたのでしょうか?
晴奈さん:「一期一会マーケットの特徴は、漆器に詳しくない人でも漆器を楽しく学ぶことができる仕掛けとして『漆器プロフィール』と『うるしピクト』があることです。漆器プロフィールのタグには、商品それぞれの特徴や、ストーリー、そこからチームメンバーが考えた商品の名前が記載されています。
例えば、漆器の素材は主に天然木地、合成樹脂、木粉樹脂の3種類があります。塗装されているものも漆、ウレタン、合成漆(漆とウレタン)といくつか種類があります。材質によって、レンジや食洗機が使えるか、修理は可能であるかなどが変わってきます。そういった漆器の取り扱い説明書のようなものをわかりやすいピクトグラムで記載して、自分のライフスタイルや好みに合った漆器と出会えるようにしています。」
ーーなるほど!実際に漆器プロフィールやうるしピクトを読みながら見て回ると、そこでの一期一会の出会いにときめきを感じ、つい手に取ってみたくなります。きっと複数人で協力して書いたんだろうな、と人それぞれの筆跡やペンの色で書かれたメッセージに、心がほっこりしました。
ーー漆器以外の商品もいくつか販売されていましたが、これも自社倉庫にあったものでしょうか?
富代さん:「実は、自社倉庫にあったものの他にも置いている商品がありました。それは、後継者がおらず、廃業予定の同業者から格安で譲り受けた商品です。実際に伺って一つ一つ見せてもらい、同業者と話し合いながら選定しました。ですが、このように同業者から買い取ることは稀です。商品として状態も良く、まだ販売ができるはずなのに、廃業のタイミングで全て廃棄されてしまうケースが多いのです。こういったことは産地全体で起こっていて、どうにかしたいと思っています。倉庫で動かなくなってしまったものを外に出し、もう一度流通させ、表舞台に立たせてあげたい、という思いがあります。」
日本酒用の漆器で和紅茶を飲んでもいい!常識にとらわれない使い方を提案する仕掛けも
ーー漆器プロフィールとうるしピクトのほかに工夫されたことはありますか?
晴奈さん:「今回のマーケットでは展示場所のコーディネートが得意なメンバーがいたため、試飲や試食できるブースを用意しました。その結果、常識にとらわれない新しい漆器の使い方を提案することができました。倉庫編では、和紅茶を漆器の盃で飲んでもらいました。また、季節に合わせて、2月にはバレンタイン、3月にはひな祭りを意識した展示を考えました。
ーー漆器とレースの組み合わせが斬新でかわいいですね!展示・販売場所では、盃で和紅茶もご馳走になりました。普段漆器の盃はあまり使わないものですが、漆器特有の薄さやなめらかさから、いつもより美味しく感じました。こういった用途で、漆器を日常的に使うのも素敵ですね。
2回開催した一期一会マーケットには300名近くが来場
ーー全部で2回、マーケットを実施されたとのことでしたが、それぞれどういった結果だったのでしょうか?
富代さん:「1回目の実施と倉庫の準備が同時進行で進んでいたため、残念ながら1回目では倉庫での実施は叶いませんでした。別の場所でプレオープンした一期一会マーケットでは、来場者19名、売り上げ13万2000円という結果が出ました。その場で盃を使ってお茶を試飲してもらったことで、『私もこう使いたい!』と思った方がセットで購入されたことなどから、来場者あたりの購入額が大きくなりました。
2回目の倉庫で実施された一期一会マーケット倉庫編の際は、地元の新聞社に取り上げられ、そこから大手ネットニュースへも掲載があり、260名の来場者が訪れました。売り上げは28万6000円という結果でした。単価が高いものが多く売れた1回目と比べ、来場者あたりの売り上げ額は下回る結果となりましたが、より多くの方に一期一会マーケットのことを知ってもらえるきっかけとなりました。」
一期一会マーケットらしさを配慮した今後の展開
ーーマーケットを実施する際にはどういった部分にこだわっていますか?
晴奈さん:「倉庫で自分のお気に入りと出会うという世界観を守るため、今後の実施場所は倉庫で、と決めています。ショールームのようにおしゃれに整列して並べないということにも気を付けています。」
ーーなるほど!だから、古着屋やフリーマーケットに足を踏み入れ、商品を見て回るときのようなワクワク感があるのですね!今後もこういったイベントは継続されるのでしょうか?
晴奈さん:「今回はスクールでのプロジェクトとして外部の方の協力によって、一期一会マーケットが実現しました。ですが、普段は主に母と二人でお店の経営やその他の事業を進めている都合で、今すぐ定期的に開催するのは厳しそうです。今後は、自分たちにとって無理のない頻度や規模で焦らず継続をしていきたいです。
ーーそうなのですね。次回は未定ということでしょうか?
晴奈さん:「今のところ、次回は2024年5月12日に開催を予定しています(記事執筆時点)。また、2024年11月1-3日のRENEWのイベント中の一期一会マーケットの開催も決定しています。その他の実施予定日は一期一会マーケットの公式Instagramにて随時告知予定です。不定期での開催にはなりますが、今後もデッドストックと自社倉庫を通して、漆器を知り、一期一会の漆器との出会いを楽しんでもらえるような場所を作っていきたいです。」
漆器久太郎オンラインショップ
一期一会マーケット公式Instagram
編集後記
ものづくりの世界へ関係人口をうまく巻き込み、仲間や身内を増やす、とても興味深いプロジェクトでした。外側の人間として産地のイベントに行ったり、買い物をしたりするほかに、私たちにできることはまだまだあるのだと思います。内側に飛び込んで企業と本気で向き合い、未来を一緒に築いていく。その活動のプロセスや成果をまとめ、講師などに報告する発表会では、どの企業も魂がこもっており、皆さんの本気度が伺えて心が震えました。スクールに参加された皆さん、半年間本当にお疲れ様でした。取材後には漆器久太郎オリジナルのKyutarou Blueシリーズのお箸を購入しました。他のアイテムも集めたくなる、鮮やかなブルーが素敵でした。一期一会マーケットで購入した漆器「朱のつぼみ」とレンコンコースターもお気に入りです。(ものづくり新聞記者 佐藤日向子)