職人がマーケティング!? 伝統工芸を守りながら自己ブランドの魅力を発信 江戸切子職人ーキヨヒデガラス工房 清秀さん
こんにちはものづくり新聞です。
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さて、ものづくり新聞第4回目のインタビューは、キヨヒデガラス工房の清水秀高さん(以下、清秀さん)です。清秀さんは東京都江東区猿江に工房を構える江戸切子の伝統工芸士の方で、江戸切子製造への探求はもちろんのこと、より多くの人に江戸切子の魅力を知ってもらうためにご自身でSNSを活用した情報発信にも積極的に取り組まれています。
キヨヒデガラス工房 清水秀高さん(清秀さん)
🗞まずはじめに清秀さんの自己紹介をお願いします。
「小さい頃から図画工作が好きで職人への憧れがありました。でも当時職人といえば大工さんくらいしか知らなかったんですが、中学2年生の頃、母親が横浜の高島屋でやっていた伝統工芸展に連れて行ってくれて、そこで江戸切子に出会いました。色々な伝統工芸が展示されている中で江戸切子に魅力を感じ、期間中何日も通い詰めましたね。のちに弟子入りする師匠がそこで展示をしていたのですが、そのうち師匠に顔を覚えられて”こういう仕事やりたいのか”と聞かれました。"やりたいです!"と即答すると、じゃあよかったらうちで働くか、と言っていただけて。半分冗談だったと思うんですが私はそれを真に受けて、江戸切子職人になると決意してましたね。」
🗞江戸切子との出会いは中学生だったのですね。その後はどういう経緯なのでしょうか?
「高校へ入学し、高校3年生の進路選択のタイミングで改めて江戸切子職人になろうと思いを固め、先生や親に相談しもう一度師匠に会いに行きました。伝統工芸展は数年前のことだったので師匠はすっかり忘れていましたが、話していくうちに思い出してもらえて、弟子入りさせてもらえることになりました。」
🗞その伝統工芸展は様々な工芸が集まっている展示会とのことでしたが、その中から江戸切子に興味を持ったのはなぜなのでしょうか?
「そこは面白そうだなという直感ですね。大工のように寸法を測って切ってというより、感覚や勘で勝負する方が自分には向いていると感じていたのもありました。」
🗞そして師匠と出会い弟子入りし修行の日々だったと思うのですが、清秀さんは独立するまで約15年ほど師匠の元で経験を積まれていたそうですね。
「当時のやり方だとそのくらいかかりますね。先日同業者の先輩と話になったんですが、いわゆる下積みの修行期間って会社によって全然違っているんです。私が弟子入りした会社は数名で構成されていたので失敗ができないんです。自分に頼まれる仕事も本物の商品を与えられるので、失敗のできないこと少しずつ任せてもらって経験を積んでいきました。徐々に進んでいくのでやっぱり一人前になるには10年くらい必要になってきます。」
🗞本物を少しずつ触りながら身につけていくのですね。他にはどんなパターンがあるのでしょうか?
「職人さんが何人もいるような規模の大きい会社は、切子職人として入社すると最初の1、2年はひたすら練習できる環境があると聞きました。ガラスの素材から製造してるような会社ですと、商品にはできないが練習用には使える素材もあるので練習できる環境が整っているのかもしれませんね。会社の規模が大きいと、私のように失敗できない仕事でゆっくり育てる事より、失敗しても良いからひたすら練習してもらった方が、結果として早く利益を出せる職人に育てられるのかもしれません。」
🗞ひと口に江戸切子職人と言っても、規模の違いでたどる道は異なるのですね。
「私は10年かけてこつこつやってきたタイプなのでそれが当たり前と思っていましたが、大規模な会社と比べるとより昔ながらのやり方で、職人に育ててもらったという感じです。育った環境によって身に付くスキルや考え方が違うので、一概に何年経験があるから一人前とはいえない世界ですね。」
江戸切子を「つくる」
🗞まず江戸切子の製作、製造の部分からお聞きしたいと思います。清秀さんのこだわりのひとつである”磨き”についてその作業方法などを教えてください。
(円盤のような砥石を回転させガラスを当てながら模様をつけたり磨いていく)
「私がこだわっている手磨きは、文字通りカットしたところを研磨剤を使ってもう一度こすって磨いていく技法です。加工をした道具よりも小さい道具で磨き、つやを出していくんですが、切子面を磨く時は柔らかくて径が小さい素材を使うので減りが早いんです。磨いているとすぐ山の形が合わなくなってしまい、また直して磨いてというのを繰り返すので大変手間がかかります。」
🗞加工した切り込みをもう一度なぞっていくイメージですね。
「そうです。さらに、よく使われる菊繋ぎという柄だと、縦横斜めに筋が入ったあとの中心部分って側面がなくなるので、手磨きで磨こうとすると反れてしまってうまく磨けないんです。菊繋ぎを手で磨くのは難しいですね。」
🗞でも結構菊繋ぎの柄ってありますよね。どうやって磨いているんですか?
「基本はゆっくり丁寧に磨いていくしかないですね。それか試行錯誤の末に、自分なりにずれにくい方法を編み出してやってます。それもで大変ですが。笑」
🗞一方では薬品を使って磨く方法もあるんですよね。
「はい。酸磨きと言います。薬品処理のいいところは一気に薬品につけて磨くのでその柄や切り込みが何本あろうと料金が一律なんです。手磨きだと切り込みが増えるごとに工数がかかるので、やはり複雑な柄ほど値段が高くなりやすい傾向があります。だったら、酸磨きの方がお客様にとっては優しいんですよね。」
🗞それでも清秀さんが手磨きにこだわる理由はズバリどこにあるんでしょうか?
「手磨きが難しく評価されにくいということはわかっているんですが、私は弟子時代何年もかけて身につけてきた技術なので、そういう技術があるということも知ってもらいたいし、手磨きの製品を残したいという思いがあります。」
🗞10年かけて身につけられた技術ですもんね。清秀さんの武器のひとつであると感じます。
「職人としてのこだわりを守りながら、手磨きの良さを広めていければと思います。」
職人が利益に走るのは良くないこと?
🗞先日、東京銀座で開催されていた江戸切子桜祭りという展示会にお邪魔させていただきましたが、職人さん同士コミュニケーションを取られていたのが印象的でした。職人さん同士の情報共有は結構意識されているのでしょうか?
「そうですね。職人同士に限らず多方面から情報を得ることは大事にしています。江戸切子を広めるため、売上を伸ばすために情報収集していますが、未だに”職人は利益度外視していいもの作れ”、”職人は利益に走るとよくない”というイメージがあるんですよ。だから衰退したり無くなってしまったりする伝統工芸もあって。正直難しいところですよね。利益を出そうとするといわゆる職人気質からは離れたこともやらなきゃいけなかったりします。」
🗞清秀さんが公開されているYouTubeの紹介動画で”一点ものを作るよりも同じものを早く正確に作ることが大事だと考えている”というナレーションが印象的だったのですが、それも一点ものの芸術品を作るだけでなく、売上が出るものを作る必要があるという思いからでしょうか?
「カタログに載せて販売している以上、それと同じものを作らなければいけないのは鉄則です。それを早く作れるようになると利益も出ますし、職人としてやっていくために必要なことですね。実はその瞬間の感性で一点ものを作る方が簡単なこともあるんです。でも世間的に、一点ものの方が価値があるというイメージあるので、難しく歯痒いところではありますね。」
🗞葛藤があるのですね。
「そうですね。私は職人として職人から育てられたので納得いかないこともあります。でも、時代は変わっていくので、お客様がお求めやすい価格帯の製品も残していかないと、結局自分の首を閉めることにも繋がるんですよね。変化が必要だと感じています。」
江戸切子を「広める」 「売る」
🗞これまで伺ったように清秀さんは江戸切子を広めたり売ったりすることも積極的にやられていますが、基本的に江戸切子はどういった経路で販売されることが多いのでしょうか?
「私が弟子入りした頃は、百貨店などで贈答品などとして販売されていた事が多かった印象です。当時はインターネットも無く、職人個人が自分の製品を売るというのは難しくて、江戸切子職人は下請けとしてメーカーから依頼された製品を作って納品するという形が多かったのだと思います。」
🗞長年、下請けしての性質が強かったところを自分たちから販売していこうとされていますよね。そのきっかけはどこにあったのでしょうか?
「江戸切子の魅力を広めて売り上げにつなげるにはどうすればいいのかというテーマを持ちながら情報収集をしていました。色々な人の話を聞いたり、それこそYouTubeとかでも情報を集めて、その中でLINEを使ったマーケティングがあることを知りました。LINEの公式アカウントを用意し、さらにそこに拡張機能を組み込むことでお客様と直接繋がりを持てるようになります。これからはそういったことも活用しながら、お客様とコミュニケーションを取っていくことも一つの手段かなと思います。」
🗞なるほど。こちらからお客様と繋がる方法を作られたということですね。
「今まではメルマガ配信をしていた所も多いと思います。でも今はメルマガを見ない人も増えてきていますし、何より登録が結構手間なんです。その点、LINEはQRコードを読み込むだけで登録してもらえるのでお客様の手間を最小限にできます。運用の仕方は色々勉強しながらやってます。」
🗞導入してみての感想はいかがですか?
「仕組みを組むだけなら割と簡単なのですが、それを活用したり、効率的に管理できるようになるには結構時間がかかります。まだまだ構築が甘いので、勉強しながらやっているところですね。」
🗞伝統工芸士でこのようなことをやられている方はあまりいらっしゃらないですよね。
「そうですね。ほぼいないです。なので手探りのところもありますし、他業種の方のマーケティングも参考にさせてもらうことがあります。」
🗞伝統工芸の世界に新たに道を切り拓いているという感じがします。
「今までやってきたように下請けの仕事を続けていくことも大事なことですが、加工依頼があって加工して技術料を頂くのでリスクが少ない分、手元に残るものも少ないんです。先ほども言ったようにものを作るだけではなく、しっかり利益を出していかないと続けていけないので、自分のブランドを発信することが本当に重要だと感じます。あと、今って会社や組織から買うのではなく人からものを買う時代だなと思います。作家自身がものを売ることが一般的になってきているので、より一層力を入れなければなと思います。」
🗞これからも更にマーケティングに取り組まれてファンを増やすというのは継続していかれるんですよね。
「そうですね。江戸切子の伝統工芸士だけではなく、自分のブランドを発信したいとかファンを増やしたいと考えている方って多いんじゃないかなと思っています。実際に自分で公式LINEアカウントを使ってLINEマーケティングをやってみてより一層その重要性にも気付きました。このノウハウを誰かのために活かせるようなことも今後はやっていきたいなと思っています。」
🗞そうなんですね!確かに自分のブランドを発信する方法は様々あっても活用できるかは難しいところだと思いますね。それでは最後に読者の方々へメッセージをお願いします。
「よく江戸切子は”もったいなくて使えない”という方がいらっしゃいますが、江戸切子を是非使っていただいてお酒やお食事が美味しく感じていただけることが、私たちにとっては最高に嬉しいことなので、まず使ってみて欲しいですね。」
キヨヒデガラス工房
〜🗞ものづくり新聞編集部より🗞〜
インタビューをさせていただき、職人という言葉のイメージを改める必要があるのではないかと感じました。変わらないものを守り続ける一方で、変わり続けるからこそ道が拓ける、そんな職人魂を感じました。
伝統工芸士だけでなく、”自分のブランドを発信したい”という思いがあり、その方法に悩んでいる方がおられましたら、編集部のご相談窓口までご連絡ください。まだ検討段階ではない、このサービス以外のことも知りたい、という方もお気軽にご連絡ください。
写真:KAZUTOMO OHIRA