【町工場が挑むB2C】老舗缶屋が掲げたミッション「世界にcanを」 実現を目指しチームで取り組む
町工場が挑むB2Cとは、これまでB2B中心だった町工場(中小製造業)が、自社製品を作り、一般消費者に向けて販売すること。様々な理由からB2Cに注目し、製品開発や販売方法、ブランディングなど新たに挑戦している方々を取材しました。これからB2Cに取り組もうとしている製造業の方や、行き詰まり感や課題を感じている方々のヒントになれば幸いです。詳しくは以下の記事をご覧ください。(ものづくり新聞 記者 中野涼奈)
側島製罐株式会社 石川貴也さん
愛知県海部郡大治町で、ブリキ缶・スチール缶の製造・販売を行う側島製罐株式会社。主に、お菓子や薬、ワックスなど日用品に使われる缶を手掛けています。今回は、6代目後継者予定の石川貴也さんにお話を伺いました。
側島製罐は、明治39年に創業し2022年で創業116年を迎えます。100年を超える長い歴史の中で、缶を取り巻く状況は変化していきました。
「バブル期は、お中元やお歳暮を贈り合う文化も活発で、それらに使われる缶のニーズは高まっていきました。大きなサイズのギフトも多く、比例して利益が高い大きな缶がよく売れていました。ですが、お中元やお歳暮を贈る人が減り、更に紙箱の品質が向上していくに従って、徐々に缶のニーズが減っていきました。」
こういった課題が現実的なものとなったのは、ここ20年ほどだといいます。
「平成初期は、弊社でもまだあまり問題としては捉えていませんでした。徐々に缶そのもののニーズが減り、缶の販売単価も下がり、素材である鉄の値段は倍以上に値上がりし・・・これはなんとかしなければと思うようになりました。」
家業を幼い頃から見ていた石川さん。しかし、製缶の仕事への興味はあまりなかったといいます。
「自宅には缶がたくさんあり身近でしたが、自宅と工場の場所が離れていたので、遊びに行くことはほとんどなかったです。小学生の頃の夏休みの自由研究で、家業の仕事を体験したことを書いたくらいでしょうか。
大人になって就職した際も、『何年後かに戻ってくるんだからね』と言われたりして、ちょっと嫌でした。家業のことは全く考えていないわけではありませんでしたが、戻ることありきで言われると、心のどこかで『どうせ辞める会社』となってしまい、就活のモチベーションも上がり切りませんでした。」
やりがいを感じながらも、家業が気になる・・・
石川さんは約10年のサラリーマン時代を経て、側島製罐へ入社しました。
「子供の頃から身近に中小企業があったので、自分がお世話になった中小企業の支援がしたいと思い、日本政策金融公庫に入社しました。様々な分野の中小企業の支援ができる仕事はやりがいがあり、徐々に仕事への面白さも感じるようになっていました。でも、心のどこかに自己欺瞞(じこぎまん)感があったのも事実でした。」
自己欺瞞とは、自分の本心に反しているのを知りながら、それを自分に対して無理に正当化することです。石川さんは仕事へのやりがいを感じながらも、心の奥では葛藤していました。
「定年になり、退職する時のことをイメージしました。その時に、このままでいいのかな・・・と思ったんです。今の仕事は楽しいけど、親の会社に何の恩返しもできていないことが気になり、家業に戻ることを考えました。」
葛藤の末、石川さんは2020年4月に側島製罐へ入社しました。入社からの1年間を振り返った石川さんのnoteがあります。まずは現場で修行を・・・と考えていた矢先から、様々な課題や壁にぶちあたり、ひとつずつ乗り越えられてきた石川さんの奮闘が伺えます。是非ご覧ください。
ミッション・ビジョン・バリューをつくる
石川さんが側島製罐で行った改革は、情報共有や業務効率化のためのシステム導入から、メディアへの露出、朝礼の導入などの身近な部分まで多岐にわたります。中でもものづくり新聞が注目したのは、MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)を策定したことです。
策定に取り組んだきっかけは、石川さんが前職を経験していたからこそ感じた違和感でした。
「理念や社是のようなものが会社になく、ものすごく違和感を感じました。前職では『政策金融の的確な実施』という明確な理念があり、仕事の判断や決定をする上で、その理念は指針として非常に大きな存在でした。
社内のインフラ整備やDXなどの改革は、やろうと思えば導入はある意味簡単なんです。でも、組織の根幹を改善しようとする時、理念がないと何を軸にしたら良いかわかりませんでした。法律で決まっているから、なんとなく正しいからではなく、側島製罐の軸が必要だと思いました。」
MVVの策定は石川さんだけではなく、側島製罐で働く社員の方々と共に行いました。
「自分は現場で機械を操作することも、営業に出て提案することもできないので、基本的に今の会社で自分は無力です。今の自分はあくまでも旗振り役で、何をするにも側島製罐で働く皆と一緒に取り組まなければ、何も成し遂げられないと強く思っています。社長やアトツギがその権力を活用してトップダウンで進める方法もあるとは思いますが、自分はそうではなく『皆の会社を皆で良くしていこう』という意識で、いい意味でフラットな会社を目指しています。」
権限のある上層部だけで突っ走ることは避けたいという強い思いは、石川さんの学生時代の経験も影響しています。
「高校時代、バスケットボール部に所属していました。強豪校だったのでAチームがレギュラー、Bチームが準レギュラーというように、チーム分けされていました。私はレギュラーにはなれず、下層チームに所属していたのですが、トップクラスであるA・Bチームの試合は録画して、後から振り返りミーティングをするのに、C・Dチームは試合の録画すらさせてもらえませんでした。決して練習をサボっているわけではなく、レギュラーを目指して上手くなろうと試行錯誤していた中で、チームに蔑ろにされていると感じ、モヤモヤしていました。結局、自分たちのチームは最後までその分断はなくならず、一部のメンバーだけが上手いだけで層が薄く、チームとして結果を出せなかったんです。
そんな経験を踏まえて、上層部だけが好き勝手にルールを決めて進めても実効は上がらない、チーム皆で取り組まなければ上手くいかないと考えています。」
現在は側島製罐の次期アトツギとして、会社を率いる立場になった石川さん。リードしていく立場になったからこそ感じることもあるようです。
「チームとしての力を高めるということを考えると、ボトムアップって大事だなと思うようになりました。リードしていくだけでなく、皆が力をつけて推し進めていくことが、チームの力になると感じています。実際に全員が上昇志向を持つというのはなかなか難しいですが、一部の人だけが頑張っても限界がありますからね。」
倉庫から出てきたカラフル缶
2020年11月末、Twitter上で石川さんのあるツイートが話題になりました。10年前に製造し、倉庫に眠っていたカラフルな缶の写真を添付したこちらの投稿です。
「元々Twitterはビジネス向けではなく、私個人が好き勝手に呟くというスタンスで投稿していました。これも倉庫を掃除していたら出てきた缶を、何気なく投稿したものです。『かわいいのになんで売れないの』、『売り方が下手なだけじゃないの』と沢山コメントが来て、驚きました。」
このツイートが話題になったことがきっかけとなり、ビジネス面でも新たな展開がありました。
「アニメイト様から、カラフル缶をアニメのグッズを入れる収納容器としてオンラインショップに商品を置かせて欲しいというオファーがありました。ありがたいことに、それ以降アニメイト様のオンラインショップに商品を掲載いただいています。」
大手雑貨店との繋がりが生まれた展示会
側島製罐は、町工場プロダクツの一員として東京インターナショナル・ギフト・ショーへの出展を経験されています。(町工場プロダクツとは、ものづくりコミュニティ“MAKERS LINK”から派生した、自社製品の開発/発表/販売を通じ、町工場の活性化を目的とした活動チーム)
「カラフル缶の販路拡大はもちろん、町工場の仲間とも繋がれたらという思いで参加しました。
出展後、問い合わせは激増し、週に1件が、毎日1件くらい来るようになりました。そのほとんどは本業である缶のOEM製造です。カラフル缶に関しては、ギフトショーをきっかけに大手雑貨店や小売店と繋がり、2022年2月には東急ハンズ渋谷店で開催されたバレンタイン催事コーナーにて、カラフル缶が販売されました。他にも、水面下で進行中のものも含めて数件は商談が進んでいます。」
石川さんが思う 缶の好きなところ
こちらの赤い缶は、石川さんお気に入りの缶です。
側島製罐の会社HPには、缶の魅力を紹介したページがあります。多くの人にとって身近な缶ですが、改めて石川さんが思う缶の魅力を伺いました。
「情緒的価値が高いプロダクトであるというところです。大事なものって缶に入れておくことが多いですよね。人生の中で様々な変化があったとしても、いつか缶を開けた時に、その当時の思い出が蘇ることもあります。
長い間、人の想いを守ることができるところが好きですね。」
新たな挑戦もしていきたい
カラフル缶の認知も徐々に広まり、次々とチャンスを掴んできた側島製罐。しかし、石川さんは冷静に今後の側島製罐について考えています。
「目の前の課題は、メディア露出の影響により在庫不足が相次ぎ、お客様のご要望に対応できない時があるということです。スピーディーかつ確実に対応できるように、社内の仕組みを変えていくのは早急に対応すべき課題です。
また、カラフル缶を雑貨店の季節限定の催事コーナーではなく、定番商品として常に販売してもらえるように、側島製罐という会社や製品の見せ方を変えて、より多くの方々に、自分たちのことや想いを知っていただきたいと強く思っています。」
ブランディングの強化を目指す一方で、危機感も持っているといいます。
「カラフル缶に関しては、正直どの缶メーカーでもほぼ同じものを作れてしまうという現実があります。カラフル缶は*経済的ロット数が3000缶ほどであることと、多色を在庫として抱えるリスクのハードルが高いため、他の企業さんが踏み切るかどうかの問題はありますが、やろうと思えばできます。カラフル缶の販売は続けていきますが、それだけに依存しない新たな軸を作ることも進めていくつもりです。」
発注費用と在庫維持費用との総費用が最小となる最も経済的なロット数のこと
今後は新しい軸として、製缶にとらわれないチャレンジや、アナログな機械が多いからこそできる製品など様々な計画を練っているそうです。
最後に、石川さんの今の思い、未来への決意を伺いました。
「入社当初、あらゆる問題を棚上げし続けてきた弊社の実情を見て、会社全体や社員の幸福度が低いことがとても気がかりでした。もちろん、自分で旗振りをして改革してきた自負はありますが、いつも社内の皆に言い続けているのは『幸せになるには、自分たちの手で状況を変えなければいけない』ということです。
そもそも弊社は『上司の考えが基準』という不安定なトップダウンで長年やってきたこともあり、意見を言っても潰されてしまったり、立場が悪くなる人たちがいて、『やっても無駄だ』という諦め癖の文化が染みついてしまっていました。幸い、MVVを策定した過程で従業員に当事者意識が生まれ、自分たちのことは自分たちにしか変えられないんだという認識がとても強くなりましたが、それは会社内だけじゃなく社会に対しても意識を持つべきだと思っています。」
「自分たちの手で良い時代を作っていくためには、世の中のあらゆる課題に対しての当事者意識持たなければいけないのではないでしょうか。
自分は前職時代、『社会を変えたい』『もっと良い世の中にしたい』と高い志と熱量を持って挑戦している人たちを見てきたこともあり、私がいつか会社を経営する時はこうでありたいと思っていました。そして、自分たちがそんな想いで挑戦し続けることで、同志が増え、もっと世の中を良くしていけると信じています。政策や社会システムも大事ですが、私たちのような経営者一人ひとりが、利益を追求して生き残っていくことだけを目的とするのではなく、どうすれば自分たちの世界がもっと良くなるのかということに立脚すべきです。
そんな想いで挑戦を続けてこそ、側島製罐のミッション『世界にcanを』が実現できるのではないかと信じています。」
側島製罐株式会社
編集後記
子供の頃、大切な手紙をお菓子の缶に入れて保管していたことを思い返し、缶は想いを守るプロダクツであることを実感しました。
自分たちの手で会社や世の中を良くしていくという当事者意識は、普段の仕事では感じづらいことかもしれません。共に改革や改善に取り組んだり、世の中に目を向けてみることで、少しずつ芽生えていくものかもしれないと感じました。