「私にしか作れないもの」を目指して。木工を学ぶ学生による、最強の「かわいい」を追求し続けるものづくり。
2024年6月12日 公開
今回編集部が向かったのは、京都府南丹市の京都伝統工芸大学校です。京都伝統工芸大学校とは、伝統工芸の技や知識を伝統工芸士などの講師陣から直接学ぶことができる、4年制の学校です。
お話を伺ったのは、木工芸専攻4年(取材当時)の吉乃さくら(よしの さくら)さんです。筆者が2023年度の卒業・修了制作展を訪れた際に、強く印象に残った作品「つよつよ神棚」の作者であり、マルシェやオンラインショップでアクセサリーなどを販売する「かわいいクリエイター」としても活動されています。そんな吉乃さんがどのようにものづくりや伝統工芸の世界に飛び込んだのか、お聞きしてみたいと思います。
伝統工芸の世界に飛び込んだきっかけは、テレビに映る東日本大震災の報道
ーー吉乃さんはどのようなきっかけで木工芸を学びたいと思うようになったのですか?
吉乃さん:「元々、『将来は保育士になりたい!』と思っていたのですが、中学時代、技術の授業が好きすぎて、技術室に通い詰めていました。そしてある日、先生に『そんなに好きなのであれば伝統工芸士になったら?』と言われたのがはじまりでした。
ものづくりの世界の中でも、特に伝統工芸や木工芸に興味を持ったのは、2011年以降、何度もテレビで観た東日本大震災の被災地の様子でした。テレビでは、『何もかも流されてしまった。多くを失ったけれど、このタンスだけは修理すればまだまだ使えそうだ。このタンスだけでも残っていて、本当によかった。』と言っている人の様子が放送されていました。それを見て、時間が経っても、生活の形が変わっても、同じ形で使い続けられるって素敵だなと思ったんです。これがきっかけで、長く大切に一つのものを使うという感覚に出会いました。そして、木工芸の世界に飛び込んでみようと思いました。
とはいえ、それまで伝統工芸のことはあまりよく知らなかったので、インターネットで検索してみたんです。その時に検索結果に出てきたのが京都伝統工芸大学校でした。」
京都伝統工芸大学校で木工芸を学ぶ
ーー入学の決め手は何だったのでしょうか?
吉乃さん:「当時は埼玉県に住んでいましたが、京都の本校でオープンキャンパスが開催されていると聞いて、一度見学に行きました。
オープンキャンパス自体は東京都内でも行われていたので、その後3回くらい足を運びました。木工芸では、鉋(かんな)がけや木彫りなどを体験しました。やはり難しさは感じたのですが、それ以上にワクワク感を感じたことが大きかったです。元々木工をやる!と大方決めてオープンキャンパスに行っていたので、実際にやって見て、やっぱりこれがやりたい!と決意が固まりました。」
ーー普段授業がある日はどのような1日を過ごしているのでしょうか?
吉乃さん:「授業は9:45から17:00までの間に、最大で4つの講義があります。18:00以降はカフェでバイトをしています。授業のほとんどは実習です。曜日ごとに異なる先生から加工技術などを教えてもらいます。2、3回先生に見せてOKをもらえる人もいますが、私は5、6回手直しをしないといけないことが多く、自分って不器用だな、と凹むこともあります。割合はそんなに多くないですが、Adobe(アドビ)のアプリ(やソフトウェア)を使った授業や、工芸士の資格関係の筆記のテストもありますね。」
ーー休日はどんなことをされているのですか?
吉乃さん:「バイトをしているか、遊びに行くことが多いです。時間があれば、ホームセンターに行って、見たものやそこから感じたことをスマホにメモして、作品づくりに役立てます。例えば、透明の塩ビパイプを見て、形や色が綺麗だな、『透明感』をテーマにして何か作れないかな?とイメージを膨らませます。
また、不定期でハンドメイドのイベントに出店してアクセサリーなどを販売したりもしています。高校時代はよくオンラインショップで販売もしていましたが、最近は学校などで忙しいので、作ったものをショップに掲載するよりは、イベントに出店することのほうが多くなりました。」
作品作りに必要な木材は、自ら木工屋に行って購入
ーーふと気になったのですが、作品を作ったり授業の実習に参加したりする際に必要な木材は自分で用意されているのですか?
吉乃さん:「4年間のうち、最初の1年間は学校から木材が支給されました。初心者に扱いやすい木材で、形状変化の起こりにくく、扱いやすい比較的柔らかいものだったと思います。それ以降は、自分の好みや作品の特徴に合わせて木材を選びます。実際に自分で材木屋に行って、自費で買い付けをします。
木目次第で作品の表情が大きく変わるので、木目を見るのが一番重要だと思います。例えば、縮み杢(ちぢみもく)という特徴を持った木材は、波打ったような模様が見えて、動かしてみるとキラキラした表面に仕上がります。この椅子を作った際に縮み杢の木材を使用しました。」
💡 杢(もく)とは?木材の木目・木理のうち、柾目(まさめ)や板目(いため)と異なり、稀に現れる複雑な模様のものを指します。その希少価値・審美的価値から珍重されます。「鳥眼杢(ちょうがんもく・とりめもく)」、「波状杢(はじょうもく)」や「縮み杢」、「玉杢(たまもく)」などが知られます。(引用元:D+kuru)
ーー自費購入で、そういった特殊な木材を準備するのはなかなかお金がかかりそうですね….。
吉乃さん:「そうですね。いつも1つの作品を作る度に発生する出費に頭を抱えています(笑)。今、課題のために制作しているものには桜の木を使っていますが、それを買ったときは3、4万円くらいしました。こういった材料費に加えて、道具も一部は自費で揃えます。」
ーーなるほど。学校に通いながら自費で作品を作り続けるのは、さまざまな工夫が必要になりそうですね。それでは、次は修了展に出されていた作品、「つよつよ神棚」についても教えてください!
『現代の信仰の形』をテーマに制作した「つよつよ神棚」
「つよつよ神棚」 について 現代における信仰の形をテーマにした作品。「サブカル」と呼ばれる、サブカルチャーと、テレビや映画など大衆的に楽しまれているメインカルチャーの逆転が現実となりつつある現代では、信仰の対象や形も変化していると考えています。サブカルチャーの輝きは、メインカルチャーである宗教に代わって、私たちの世代の心の根底を照らしてくれる神になり得るのではないか、と信じてこの神棚を製作しました。(吉乃さん)
ーーこの作品はどんな着想を得て作られたのですか?
吉乃さん:「日頃からカフェのバイトで黙々と作業をしているときやお風呂に入っているときなど、ふとしたときにアイデアが生まれることがあります。最初に浮かんだのは、『エレクトリック神棚』という言葉です。この言葉をどういった作品で表現できるだろうか?と考えてできたのがこの作品です。」
ーー作品のこだわりや、この作品から伝えたいことを教えてください。
吉乃さん:「元々ボーカロイドなどのサブカルチャーの世界が大好きでした。自分ならそのサブカルの世界をどう表現するか?という視点で作りました。背景には、辞書から引用した『信仰』や『サブカルチャー』の言葉の意味を入れています。
辞書に書いてある意味と人々が持っている共通認識にはギャップがあるし、これらの言葉は人それぞれが定義づけるような抽象的な言葉でもあると思います。そんな言葉ともう一度向き合い、『あなたはどう思うのか?』という質問を投げかけたかったという意図があります。
中央に『闇照大神』と書いているのは、この世界を生き抜いていくために、活力をくれるサブカルチャーのことを表現しています。日本の神様が天照大神なのであれば、サブカルチャーの神様は闇照大神なのかなと。今日の夜に推しのインスタライブがあるから今日一日頑張ろうとか、明日発売の推しのグッズが欲しいから頑張ろう、とかそういった推し活がくれる生きがいは、現代の新しい信仰の形でもあると思うんです。
正直、こういったセンシティブなトピックで作品を作ることに躊躇いもあり、批判をされるのではないか?と心配になることもありました。でも、勇気を出して作品を作り、満足のいく形で完成させることができてよかったです。来年は卒業制作として作品を作りますが、その制作も今からとても楽しみにしています。」
私にしか作れない「かわいい」を追求し、変わらない安心感を届けたい
ーー現在就職活動中とのことですが、今後の展望について教えてください。
吉乃さん:「まずは、しっかり学校生活をやり切りたいです。自分の不器用さに焦ることもありますが、一つ一つの課題や作品に丁寧に向き合いたいと思います。細かいことはあまり決めていないのですが、これまで通り自分が思う『かわいい』を追求し自分にしか作れないものを作り続けていきたいです。あとは、作りたいものを突き詰めていくのと同じくらい、世の中のニーズに触れる機会を持つことも大事だと思っています。そういった人の思いに寄り添えるような場でお仕事ができたらいいなと思います。」
吉乃さくらさんInstagram
編集後記
今回の取材のきっかけは、2024年2月に京都伝統工芸館で開催された京都伝統工芸大学校 卒業・修了制作展です。その場で一際存在感を放つ吉乃さんの作品を見たとき、「これを作った人の想いや作品の背景に迫りたい!」と思い、取材依頼をさせていただきました。作品から感じた通り、吉乃さんはとてもエネルギッシュな方で、さまざまなことに挑戦しながら、自分らしいものづくりを追求する姿が印象的でした。吉乃さんの今後の作品にも注目したいと思います。学びたい分野と自分が大好きなことを融合させ、唯一無二のものづくりをされている吉乃さんを、これからも応援しています!(ものづくり新聞記者 佐藤日向子)