漆職人として、首里城の修復に携わりたい。沖縄の文化や風習を発信するものづくり。

2024年6月14日 公開
今回編集部が向かったのは、京都府南丹市の京都伝統工芸大学校です。京都伝統工芸大学校とは、伝統工芸の技や知識を伝統工芸士などの講師陣から直接学ぶことができる、4年制の学校です。
お話を伺ったのは、漆専攻4年(取材当時)の松堂沙耶(まつどう さや)さんです。松堂さんは沖縄県うるま市出身で、小さい頃から沖縄県の文化や風習、土着のものづくりに触れる機会の多い環境で育ったのだそうです。そんな松堂さんの作品「サン」は、清水寺作品展2024で展示される2023年度卒業修了制作選抜作品にも選ばれました。その作品ができた背景や、京都伝統工芸大学校で漆専攻を選んだ理由などをお聞きしてみたいと思います。

沖縄生まれ沖縄育ち。首里城の火災がきっかけで漆の世界へ

地元、沖縄県うるま市で松堂さんが撮影。(提供元:松堂沙耶さん)
地元、沖縄県うるま市で松堂さんが撮影。(提供元:松堂沙耶さん)
ーー松堂さんは沖縄出身とお聞きしていたのですが、どのようなきっかけで京都で漆を学びたいと思うようになったのですか?
松堂さん:「2019年に首里城で火災が発生したのを知って、その再建に携わりたいと思ったからです。広い視野を持つため、本土の大学に進んでみたいとも思っていました。そして、両親と一緒に調べて見つけたのが京都伝統工芸大学校でした。実際にオープンキャンパスに来たときは、京都らしい都会の金閣寺などがあるエリアを想像していたけれど、行ってみたら緑に囲まれた街並みに驚きました。両親とも相談し、山に囲まれて、落ち着いたこの場所でなら、4年間しっかり勉強ができるとも思ったので、ここに決めました。」
 
💡 首里城の再建について(2024年5月現在)
2019年10月31日に起こった首里城の火災。2022年11月に首里城正殿工事の着工式が行われた。木工加工や屋根工事、彫刻取付や塗装・彩色などの工程を経て、正殿は2026年度に完成予定。(引用元:首里城公園
 
ーー色々な専攻がある中で、漆を選ばれたのはなぜですか?
松堂さん:「この学校を選んだきっかけは、首里城の再建です。再建の中でも、漆の分野を選んだのは、後継者不足や職人育成の機会が少ないという実情を知ったからです。首里城は巨大な琉球漆器と呼ばれるほど全体に漆が使われていて、再建をするためには漆職人が必要なのですが、現在はその職人や後継者などが少ないことが問題となっていました。
私は再建にどんな形で携わりたいかを考え、漆工芸が好きだったことや、手を動かしてものを作ることが好きなこと、自分の手で直接首里城の再建に貢献したいと思ったことで漆の分野を選びました。実際にオープンキャンパスに行って体験をしたり、そこで在校生の先輩とお話してみたりして、入学後のイメージも湧き、加飾だけでなく、より漆にまつわる多くのことをより幅広く学べる漆専攻を選びました。」
 

学生時代に松堂さんが打ち込んでいたことは「舞台役者」

沖縄県うるま市の「阿麻和利」という舞台で、「金丸」という役を演じた松堂さん(提供元:松堂沙耶さん)
沖縄県うるま市の「阿麻和利」という舞台で、「金丸」という役を演じた松堂さん(提供元:松堂沙耶さん)
ーー学生時代は部活動など打ち込んでいたことはありますか?
松堂さん:「中学と高校の6年間、地元の沖縄県うるま市に住む中高生が所属している「現代版組踊(くみおどり) 肝高の阿麻和利(きむたかのあまわり)」という舞台で役者をしていました。」
 
💡 組踊とは?
組踊とは、唱え、音楽、踊りによって構成される歌舞劇です。組踊は、中国から琉球王国の新しい国王を任命するためにやって来る中国皇帝の使者である冊封使を歓待するため、18世紀初頭の踊奉行であった玉城朝薫によって創始され、1719年の尚敬王の冊封儀礼の際に「二童敵討」と「執心鐘入」が初めて演じられました。(引用元:国立劇場おきなわ
 
松堂さん:「現代版組踊とは、組踊の要素も残しつつ、現代に受け入れられやすい形で演じる、いわばミュージカルのようなものです。沖縄では毎年ほとんどの学校が5、6月に平和学習というものをする機会があります。平和学習は、戦争の経験を風化させないために、子どもたちが自発的に学び、考えるきっかけをもたらすために実施されています。学習の一環で、平和学習で発表する劇を台本や衣装も含め、1から自分たちで作るという活動もしていました。
 
舞台で演じた役のことを知る過程で、首里城や琉球の歴史などを学びました。かつて琉球の地を治めた人物の役を演じることで、まるで首里城が私の心の一部になった感じがして、とても大切な存在となりました。その役で舞台に出るときに首里城正殿を描いた大きな幕の前で演技をするのが私の誇りでした。
 
首里城が火災で焼失した時は大きなショックを受けて、何をしていても心に穴があいたようでとても悲しかったです。そんな中、首里城再建の話を聞いた私はもともと沖縄のためになる仕事がしたいと思っていたこともあり、沖縄や琉球の象徴である大好きな首里城の再建に携わりたいと強く思うようになりました。」

京都伝統工芸大学校で漆を学ぶ

ーー京都伝統工芸大学校に通われて4年目でしょうか。漆専攻での学校生活や授業についても教えてください。
松堂さん:「授業は座学よりも実習の頻度の方が多いです。3年生だった昨年度は主に1、2年生のときに学んだ漆の基礎技術を応用した課題作品の製作と修了制作を作りました。座学のほうでは、石膏型と紙パルプを使った造形の仕方を勉強しました。
ほかの専攻に比べ、30人ほどの比較的少人数の専攻なので、学年に関係なく1つの部屋で実習も行われます。そのため先輩や後輩との交流も多く、楽しい学生生活を送っています。お昼休みや、バイトのない日の放課後に、みんなで集まってわちゃわちゃおしゃべりをしている時間が一番楽しいんです。」

奨学金制度によって完成までたどり着くことができた修了制作展用の作品「サン」

松堂さんの2023年度の修了制作展の作品「サン」(提供元:松堂沙耶さん)
松堂さんの2023年度の修了制作展の作品「サン」(提供元:松堂沙耶さん)
ーー「サン」という漆芸作品ができた経緯についても教えてください。
松堂さん:「木工加工や塗りに使う漆、さらには装飾用の金粉など、完成までには数十万円の費用がかかることが想定されていました。ですが、ジュエリーブランドのヴァン クリーフ&アーペルによる、卒業・修了制作にかかる資金補助のための奨励金の支給があり、完成させることができました。実際に、漆器の制作には、毎回漆や金粉など、高価な材料を使用するため、一つの作品を作るのにたくさんの費用が必要になります。」
 
💡 ヴァン クリーフ&アーペル デザインスカラーシップ2023とは
このヴァン クリーフ&アーペル デザインスカラーシップは、伝統工芸の技と知識の発展と次世代の職人・クリエイター支援を目的に、一昨年度より設立されました。
募集は本校の3、4年生を対象に、優れた卒業・修了制作企画案を提案した個人またはグループに授与され、卒業・修了制作資金の補助となる奨励金が支給(贈与)されます。
尚、本賞は、芸術的品質の高さ及び革新性・独自性の高い作品を評価するものであり、その制作の最終段階を支援することを目的としています。(引用元:京都伝統工芸大学校
 
松堂さん:「例えば、装飾に使用する金粉は、1グラム1万円以上します。制作を進める前に、どこにどのくらい金粉を使用するのかをあらかじめ図に書いて先生と相談します。装飾だけでなく、木地や塗りにも費用が発生するので、理想的なデザインがある一方で、予算的にそのデザインや使う材料を変更し妥協しないといけないケースもあります。
 
作業場で金粉を蒔くときは、風で飛んでいってしまわないよう、細心の注意を払っています。ある日の作業中に、誰かが隣を横切っただけで金粉が半分くらい飛んでいってしまったときがありました。そのときは、『今5000円飛んでいったんだけど!』と思わず言ってしまいました(笑)。それ以降、金粉を扱うときは極力一人で作業できる時間帯を狙うようにしています。制作において材料はとても貴重なので、グラム単位で大切に使います。金粉を使った筆も綺麗に払って、その筆や作業に使うお盆などについた金粉も再利用するくらいです。」
 

沖縄の文化や風習から着想を得たものづくり

作品には、沖縄ではグルメや美容など、様々なシーンで馴染みのある植物である月桃(げっとう)が描かれています。(提供元:松堂沙耶さん)
作品には、沖縄ではグルメや美容など、様々なシーンで馴染みのある植物である月桃(げっとう)が描かれています。(提供元:松堂沙耶さん)
 
ーー作品「サン」に込めたこだわりを教えてください。
松堂さん:「サンという沖縄のお守りがモチーフになっています。サンはススキを結んだもので、魔除けの意味を持ち、家の玄関口や門に置かれることが多いです。作るものを芸術作品として置いておくだけではなく、何らかの機能も持たせたかったので、中に物を入れられる箱にしました。」
 
💡 サンとは?
魔除けや厄除けとして使われているお守り。ススキの葉で作られていることが多い。ちょうどいい葉っぱがないときには細長い物(割箸の袋や、ビニール紐など)で代用することもある。(引用元:株式会社 前木組
提供元:松堂沙耶さん
提供元:松堂沙耶さん
 
ーーシーサーのことは前から知っていたのですが、サンは今回初めて知りました。今日お話を伺って、沖縄のことを前より少しだけ学べた気がします。卒業後は沖縄で暮らす予定なのですか?
松堂さん:「はい。小さい頃から、沖縄で生まれ育ち、両親から沖縄の文化や独自のものづくりを身近に感じられるような環境で育ててもらいました。これからも沖縄の文化などを知るきっかけになるような作品を作っていきたいし、『首里城の再建に携わりたい』という目標も叶えられるようにがんばります。」
 
 
松堂沙耶さんInstagram
 

編集後記

漆を学び、作品を生み出すには、値段が日々高騰する材料や道具を自費で揃えなければならないことに加え、「漆かぶれ」という肌がかぶれることも乗り越えないといけない障壁に感じました。漆を扱う部屋では漆の飛沫が空気中を舞っていたり、床やドアにも付着している可能性があったり、漆専攻の学生は日々、漆かぶれと戦いながら学校に通っているそうです。症状の重さは人それぞれではあるものの、やはり苦しい思いをしながら制作をしている生の声を聞いて、漆器の貴重さや、その作り手を目指す、彼らの強い決意を感じました。数年前に行われた首里城の塗り替え作業は、2年以上もかかったのだとか。首里城が再建され、生まれ変わる頃、ぜひ沖縄を訪れたいと思います。(ものづくり新聞記者 佐藤日向子)