社員6人の町工場から、130人超のライフスタイルカンパニーへ。17年目社員と新卒一期生に聞いた、変わらない「友安製作所らしさ」とは?

今回編集部が向かったのは大阪府八尾市。友安製作所(ともやすせいさくしょ)の本社オフィス兼工場に伺いました!
 
友安製作所は、創業1948年で70年以上の歴史がある一方で、昨今はそのスピード感のある事業展開やフラットで風通しの良い社風から、ベンチャー企業のような雰囲気もあります。
はじまりは町工場でのネジ作りやカーテンフック作りでした。金属製のカーテンフックの製造は、より安価で扱いやすいプラスチック製のカーテンフックの普及までは順調でした。このように、安価な外国製商品の流入等により、売上が低迷していた時期がありました。
 
ですが、2004年に創業者の孫である友安啓則(ともやす ひろのり)さんが入社し、2016年に3代目社長に就任されて以降、現在は「ライフスタイルカンパニー」として通販事業やカフェ事業、まちづくり事業など、幅広い事業展開で進化し続けています。人それぞれの異なる価値観や個性を受け入れ、その人生に関わり、暮らしを彩り豊かにしたい、という思いで、多種多様なライフスタイルに応えるために様々な事業や商品が用意されています。
 
(提供元:友安製作所)
(提供元:友安製作所)
 
友安製作所には、大阪、東京、福岡、福井と4つの拠点があり、そこでは130人以上の従業員全員が「デザイナー」として、お仕事をされています。それには、『全員が自発的に考え、世界をより豊かにするために自分の仕事をデザインする』という意識でいてほしいという社長の想いが込められています。そのため、全ての部署名には「〇〇デザイン部」という名前がついているのです。
 
 
手前の3階建ての建物は、ものづくり作業用のスペースや撮影部屋、カフェテリアなどに使用されています。奥にある紺色の建物は、デスクワークや会議の場所として使われています。今回はその両方を見学させていただきました。
それでは早速、建物の中に入ってみたいと思います!
 
 
1階にはオフィス、2階には会議室があります。自社製品のデスクや椅子、ステンドグラス風の窓用DIYガラスフィルムなどがあり、カフェのようなおしゃれな空間です。
 
あらゆる人の暮らしを彩り、豊かにするライフスタイルカンパニーへ変革してもなお、自社でのものづくりは継続されています。自社設備によって、線材加工やプリント、塗装、溶接などを行っており、ここで自社製品や、他事業を支えるものが生まれています。
 
 
例えば、友安製作所のロゴがプリントされたこちらは、カフェ事業でのハンバーガー用のピックです。このように、カフェ事業で使われている小物や家具の一部は自社で作られています。
 
 
ここで作られているのは、金属製のカーテンフック。この機械の歴史はとても長く、創業者の代から使われているものもあるそうです。
 
 
ガッチャン、ガッチャン、と心地よいリズムでカットされたパーツが曲げられ、完成したカーテンフックが下に落ちてくるようになっています。
 
 
機械一台で、一日に2万〜3万個のカーテンフックがここから生まれているんだとか。
 
 
次に、梱包の現場も見せていただきました。ここにある木の天板と鉄製のフレームで作られたデスクや梱包材を支えているパーツも、自社で作られたものです。このように、友安製作所のものづくりは金属と木材の組み合わせが多いのが特徴です。
 
 
社員の皆さんが昼休みに使っているのは、このキッチンがあるカフェテリアです。友安製作所は工務店事業も行っていて、このキッチンはショールームとしても使われています。
 
 
コロナ禍に大活躍したステンドグラス風のパーテーションもインテリアのアクセントになっています。並んでいる椅子も、もちろん自社製品。壁紙やカーテン、照明も自社製品です。
 
 
一際存在感を放っていた木彫りの時計は、インドから買い付けたものだそうです。360度どこを見てもおしゃれなカフェテリアでした。
 
 
友安製作所は、自社製品の撮影も社内で行っています。簡易的な寝室やリビング、バスルームなどをスタジオに作り、自社製品を引き立てる空間づくりをしています。この日は壁にあるフェイクグリーンの撮影でソファーなどが置かれていました。
 
オフィスや会議室のすぐ隣の建物で、ものづくりの素材加工、梱包、撮影を行うスペースが一ヶ所に集まっており、コミュニケーションを取りながら効率良く作業が進められそうでした。
 
それでは、先ほどのオフィスに戻って、今度は友安製作所の「現在」を支えるお二方にお話を聞いてみましょう。今回、取材したのは入社17年目のファブリケーションデザイン部 製造課の山東清高(さんとう きよたか)さんと、入社1年目のソーシャルデザイン部 広報の國清 彩(くにきよ さや)さんです。
山東清高さん(左)と國清彩さん(右)
山東清高さん(左)と國清彩さん(右)
山東さんは、社員数が10名前後の時代からの友安製作所のことをよく知る、ベテラン社員。一方、國清さんは友安製作所初の新卒採用で2023年に入社された若手社員です。
部署も在籍期間も異なるお2人から、それぞれ「友安製作所らしさだと思うもの」をテーマにお話を聞いてみたいと思います。
 

山東 清高さん

—自己紹介をお願いします!
山東さん:「ファブリケーションデザイン部 製造課の山東清高です。主にカーテンレールなど長さのあるものをお客さまのニーズに合わせてカットする部門を担当しています。社内ではKirico(キリコ)と呼ばれています。」
 
 💡 友安製作所では、社員は名前や役職ではなく、ビジネスネームで呼び合っています。ちなみに、現会長 友安宏明(ともやす ひろあき)さんのビジネスネームはDon(ドン)、現社長 友安啓則さんはBoss(ボス)と呼ばれています。
 
「私のビジネスネームは、好きな画家のジョルジョ・デ・キリコ、製造課としての金属を切削したときに出てくる切粉(きりこ)と、大好きな日本酒を楽しむときに使うお気に入りの酒器、「切子」から由来しています。」
山東さんが日本各地で出会い、愛用されている酒器の一部。江戸切子の他にも富山県の能作でのワークショップで手作りされたスズ製のぐい呑みなどもあります。常に5,6種類の日本酒をストックしていて、飲み比べをするのが好きなんだそうです。
山東さんが日本各地で出会い、愛用されている酒器の一部。江戸切子の他にも富山県の能作でのワークショップで手作りされたスズ製のぐい呑みなどもあります。常に5,6種類の日本酒をストックしていて、飲み比べをするのが好きなんだそうです。

お客さまの注文内容に合わせて、カーテンレールの長さを整える

—現在の主な業務内容について教えてください。
山東さん:「元々は機械工としてカーテンフックの機械の整備を行う担当として入社しました。しかし、社内で使用する機械が減っていったと同時に、カーテンレールの売り上げは右肩上がりに増えていきました。その頃からは、お客さまの注文に合わせ、カーテンレールのサイズを調整し、カットするのを担当しています。」
 
 💡  レールをカットする際、火花が散るインパクトのある様子は、工場見学などで子どもたちに見せると好評です。火花が散るかっこいいシーンを動画に残しましたので、ぜひご覧ください!
 
(00:15ごろにこのシーンがあります。)
 

40代で転職。総務の仕事からものづくりの世界への挑戦

—40代で友安製作所に転職されたのはどんなきっかけがあったのですか?
山東さん:「それまでは、20年ほど生活協同組合や病院で総務の仕事をしていました。業務条件の都合で病院を退職した後、数ヶ月は日本各地を旅してまわっていました。各地のお祭りを見るのが好きで、青森県や岐阜県などに行きました。そして今後の人生を考えるうちに、これからは新しい分野でキャリアを築いてみたいと思うようになりました。その時すぐに思いついたのは、ものづくりの世界です。
 
小さい頃から父親が木工所を経営していたこともあり、製造業への憧れがありました。父親が作った木製の家具に囲まれて生活する中で、自分にもこんなものが作れるのだろうか?と興味を持つようになりました。父親の手によって、見えない部分まで抜かりなく、長く安全に使えるように作られていたので、どの家具もずっしりと重かったです。
 
残念ながら転職を考えたとき、父親の木工所はかなり事業を縮小していたため、父親の会社で一緒に働くことはできませんでした。友安製作所で、会長と社長が親子で言い合いをしながらも互いを尊重して仕事をしている関係性を間近で見ると、自分もああいう風になりたかったな、と羨ましくなります。
転職活動をして、自宅から車で通える範囲で転職先が2つ見つかりました。1つは製造と総務を両方担当してほしい、と言われていた企業で、もう1つが製造分野のみでオファーがあった友安製作所です。迷っていてすぐには決められなかったのですが、Boss(社長)からの『明日から来れます?』という突然の電話がきっかけで、導かれるように友安製作所を選びました。
その電話があった日の夜、会社まで迷わずたどり着けるのか確かめたかったので、車を走らせて予行演習をしたのを覚えています。」
 

退勤前、他部署の社員の日報を読み、「お疲れさま」の意味も込めて「いいね」を押す

—入社されてからの17年間でいろんなことが変わったかと思いますが、その中でも特に印象に残っていることを教えてください。
山東さん:「たくさんありますが、強いて言うならMeta社のWorkplaceを使用して社員同士の日報が見れるようになったことですね。今となっては社員が100人以上いるので毎日全員の日報は読めないのですが、関わりのある社員の日報は日々チェックするようにしています。
 
そうすると、他の社員の業務内容だけではなく、最近苦労していることや、それをどう乗り越えたのかなどが垣間見れて、勉強になります。業務分野が違うと内容の全てはわからないけれども、『読んだよ、お疲れさま』の意味も込めて必ずその投稿(日報)にいいねを押すようにしています。
 
社内でコミュニケーションツールとして使っているSlack(スラック)は、最低限の機能しか使えないです。作業をしている時間は、その通知に気づかないこともあります。それでも、社内のワークプレイスデザイン部という部署のメンバーにわからないことがあれば教えてもらえますし、社内Wikiでマニュアルなどが読めるようになっています。困ったときに頼れる相手がいたり、使い慣れていないものに取扱説明書が常に準備されているのはありがたいです。日々いろんなことが変わっていますが、これからもその変化の波に置いていかれないように頑張ります。

62歳の今、「これから」について思うこと

(取材時:2024年1月)
(取材時:2024年1月)
—これから友安製作所でやってみたいこと、成し遂げたいことを教えてください!
山東さん:「2年前、60歳になる直前の個人面談で、会社と定年後再雇用契約を結びました。その時に、Boss(社長)に『私はいつまで働かせていただけるのでしょうか?』と聞いたら、『死ぬまで!』と即答され驚いたのを覚えています。Bossは、今いる社員が喜んでくれそうなことを日々考え、“非日常”がテーマの慰労会の企画や、福利厚生の充実化といった形で表現してくれています。その背中を見ていると、これからもBossについていきたい!と心の底から思います。
自分が今、もし30代や40代であれば、成し遂げたい目標に向かってもっと野心的に働いていたのかなと思います。ですが、これからは自分のキャリアをどう締めくくることができるのか?を考えていきたいです。それまでは、日々の社内の変化に適応するプロセスを楽しみながら、乗り越えていけたらと思います。」

國清 彩さん

—自己紹介をお願いします!
國清さん:「ソーシャルデザイン部 広報の國清 彩です。2023年4月に新卒一期生として入社しました。ビジネスネームはCyan(シアン)です。水色が好きなのでCyanにしました。いろんな色の服を着ることが多いですが、クローゼットの中は特に青系のものが多いです 。大学時代は関西大学の文学部に所属していました。文学部とはいえ、学ぶ内容に自由度のある学部だったので、映像やアートなども学びました。」

理念や思いの部分で通じ合う感覚があった、友安製作所との出会い

2023年春の入社式のときの写真。初めての新卒採用で4名が入社しました。(提供元:友安製作所)
2023年春の入社式のときの写真。初めての新卒採用で4名が入社しました。(提供元:友安製作所)
—学生時代はどのように就職活動をされたのですか?
國清さん:「コロナ禍の就職活動だったので、オンラインで複数の企業の方とお話ができるイベントなどに参加しました。当時は別の企業がきっかけでそのイベントに参加しましたが、そこで初めて友安製作所を知り、他とは違う雰囲気を放つ友安製作所に興味を持ちました。社長がイベントに参加されていたのはおそらくここだけでしたし、自由な社風を感じ取り、魅力的だなと思いました。
インテリアにまつわることで、生活を彩る仕事がしたい、という風に話すと、他の企業ではもっと具体的な仕事の内容や数年後のキャリア展望などの回答を求められ、それに違和感がありました。でも友安製作所の面接では、言葉が通じ合う感覚がありました。企業理念や思いの部分で共感できる部分があったので、選考が進むうちに、その思いを体現し、発信する広報の仕事をここでしたい、と思うようになりました。」
 
 
—就職活動のときに印象的だった出来事はありますか?
國清さん:「内定を頂いた後のメールのやり取りの中で、ビジネスネームで呼び合うようになった時のことです。今では違和感なくビジネスネームで呼び合っていますが、それまで〇〇さま、とメールを返信していたのに、突然呼び捨てで書くことはできませんでした。悩んだ結果、〇〇さんというふうに書いてお返事を出したのですが、『さん』はいらないよ、と言われてしまいました。入社式のときに頂いた辞令にも、本名と一緒にもちろんCyanも書いてありました。ミドルネームのように名字と名前の間にビジネスネームが入っていました(笑)。
 
また、就職活動の面接ではよく、趣味についても聞かれます。いつも答えていた私の趣味は、『生活』です。よく、他の企業の面接官の方には、『何を言っているんだ?』という表情をされました(笑)。でも、友安製作所の面接のときは、親身に聞いてもらえました。自分の好きなもので部屋を飾ったり好きな料理をしたりして、自分の時間を豊かにし、生活に納得感を持てるようにするのはとても大事なことだと思うんです。その、豊かさや納得感の部分の価値観は人それぞれだと思うので、その一つ一つに寄り添えるような仕事ができたら嬉しいです。」
 

多様な顔を持つ会社のことを深く知るため、全部署を回った研修期間

研修の最終日、タイル貼りのワークショップを終えた新卒一期生たち。(提供元:友安製作所)
研修の最終日、タイル貼りのワークショップを終えた新卒一期生たち。(提供元:友安製作所)
—入社当時は研修などがあったのですか?
國清さん:「1ヶ月間くらいの期間で、2つの研修がありました。1つは友安製作所の全部署を周り、友安製作所Cafeで行われているようなDIYワークショップや溶接の体験などをしました。もう1つは一般的なビジネスマナーを学ぶための外部の研修です。
いつも作業をしているオフィスのすぐ隣に塗装、溶接、木工などのものづくりの現場があるという立地だからこそできた研修でした。きっと他のインテリア関係の企業に就職していたら、こんな体験はできなかっただろうなと思います。機械を触って、溶接などの体験をさせてもらえたのは初めての経験だったので、強く印象に残っています。」
 
 
(その研修について國清さんが書いたレポートがこちらです。)
 

國清さんが本気で取り組む、もう一つのこと

提供元:國清 彩さん
提供元:國清 彩さん
—お仕事の日以外はどんなことをされているのですか?
國清さん:「バンドのボーカルとして活動しています。大学時代、2021年に結成したのですが、音楽活動自体は高校生の時から続けています。小さいときから、歌うのが大好きでした。バンドでの活動は4年目になり、メンバーはみんな会社員になりました。土日はたまにライブもあるんですが、Bossもこのことを知っていて、応援してくれています。お仕事も音楽活動も、根っこの部分で表現したり、発信したりしたい世界観は同じです。だから、両方同じくらい本気ですし、どちらにもやりがいを感じています。」
 

広報としてこれから発信したい、「友安製作所らしさ」

—広報として幅広いお仕事をされていると思いますが、今後やってみたいことなどはありますか?
國清さん:「今は友安製作所のXやInstagramの更新、「ナイトシューカツ」など採用関係のイベントへの参加、工場やオフィス見学者へのご案内など、企業の外側に出るものはだいたい担当しています。これからやってみたいのは、メディアを通じて友安製作所の「生きるをあそぶ」などといった世界観を体現しているような発信をすることです。友安製作所には日本製の自社製品もあれば、海外からのちょっと個性的なデザインの買い付け品もある。あらゆる人の「好き!」「DIYしたい!」に応え、生活を彩ることができるよう、友安製作所らしさを今後も発信していきます。」
 
 
 

友安製作所

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編集後記

年齢もバックグラウンドも異なるお2人への取材で見えてきたのは、友安製作所の「個性が尊重され、自由な発想で働くことができる社風」です。「他者との違いを認め合う」「多様性のある職場」という言葉自体はありふれていますが、こんなにもそれがちゃんと体現されている企業があるのか、と驚きました。特に社員数の著しい増加や、事業拡大を経ても、誰にとっても働きやすい職場を維持するのは容易なことではないのではないでしょうか。記事に全ては記載できませんでしたが、見学中には各所の社員の皆さんが親身に説明をしてくださいました。皆さんとても生き生きとしていて、皆さんの年齢を聞いてとても驚きました。そんな魅力あふれる友安製作所から生まれる企画やものづくりに今後も注目していきたいと思います。(ものづくり新聞記者 佐藤日向子)
 

おまけ

後日、浅草橋の友安製作所Cafeへ行きました。都内の浅草橋の他にも、大阪の阿倍野や福岡の博多にも店舗があり、それぞれ異なるメニューや店舗空間があります。DIYグッズやインテリア雑貨が並ぶ、秘密基地のような雰囲気のカフェでした。居心地が良く、つい長居してしまいました。定期的にDIYワークショップなども開催されているようです。友安製作所のことをもっと知りたい!と思った方は、ぜひカフェに足を運んでみてください!