心を突き動かす藍の美しさ。徳島県に移住し、藍の栽培から藍染めまで一貫して手がけるWatanabe’sの藍師・染師の物語。
2024年12月5日 公開
今回、編集部が向かったのは、徳島県板野郡上板町です。徳島県では古くから藍染めや、その元となる藍染料「蒅(すくも)」づくりが盛んで、徳島で作られた高品質なすくもは「阿波藍(あわあい)」とよばれてきました。(引用:徳島県観光協会)
徳島県板野郡上板町で藍染めの原料である藍の栽培、染液の原料であるすくも作り、染色、製作まで一貫して行っている株式会社Watanabe's(ワタナベズ)を訪ねました。Watanabe’sの代表として藍師・染師の両方をされている渡邉健太(わたなべ けんた)さんにお話を伺いました。
✍️藍師とは?
藍を栽培・収穫した後、藍を葉と茎に選別し、乾燥させた葉藍を発酵させてすくもを作る職人のこと。
✍️染師とは?
すくもや灰汁などを用いて染液をつくる藍建て(あいだて)という工程を終えた後、染色する職人のこと。(一般社団法人 藍産業振興協会)
13年前、藍染めに魅せられて徳島に移住
ーーまず、渡邉さんが藍染めに出会ったきっかけについて教えてください。
渡邉さん:「藍染めに出会ったのは、13年前のことです。当時は東京で働いていました。東京の西側で藍染めのワークショップができる工房があるのを見つけて、参加しました。布が空気に触れることで美しい藍色に変わる様子を見て、心が震えました。『この藍色を自分の手で生み出せるようになりたい!私はこれをしなければならない!』と即座にこの業界に入ることを決意しました。
まずは、藍染めのことをもっと学びたいと思ったんです。しかし当時はちょうどファストファッションの全盛期でした。大量生産、大量消費の時代に、『この業界に今から入っても無理だろう』と厳しい意見もあり、弟子入りさせてもらえるところもなかなかなく、藍染めを学べる場所を探すのに苦労していました。
そんなとき、徳島県の地域おこし協力隊の募集を見つけました。仕事をすぐに辞め、徳島へと移り住み、本格的に藍染めを学び始めました。」
美しい染色に必要なのは「自然との調和」と「染師の平穏な心」
ーー工房は比較的最近建てられたように見えますが、その中に神棚もあるのが印象的でした。神棚を設置したのは何か理由があるのですか?
渡邉さん:「藍染めは、染液の発酵具合や原料の配合割合だけではなく、染師の心の状態で仕上がりの色が変わります。例えば、夫婦喧嘩をした翌日にそのままの気持ちで染めると、色がくすんだり、グレーっぽくなったりするんです。だからこそ、毎日の始まりに感謝の祈りを捧げて、自分の気持ちをリセットすることを大切にしています。
それから、藍染めは人の手だけで形にできるものでもないんです。染液を作るために藍を発酵させてすくもを作る。すくもの原料である藍を育てるには畑を耕す期間もありますし、もちろん自然の天候にも影響を受けます。
工程を進めるタイミングは、気温を見極めて決めています。今年は例年より気温が下がる時期の到来が遅かったので、すくもづくりに着手する時期を遅くしました。自然の力に感謝し、調和して、藍と向き合う際の心を整えることで初めて良い色が出るのだと思います。」
地元の農家や企業とのつながり
ーー藍染めにおいて、地元の農家や企業とのつながりもいくつかあるのでしょうか?
渡邉さん:「周辺の農家さんに藍の栽培の一部を委託しています。農家さんの負担量を減らすために、苗を提供してすぐに植えられる状態にしたり、刈り取りは自社で請け負うようにしたりしています。
それから、徳島のブランド豚である金時豚(きんときぶた)を飼育している近くの有限会社NOUDAの堆肥舎で作られる発酵堆肥を使用しています。堆肥は買うと高いですが、収穫物の量や質に良い影響を与えます。ですので、作った堆肥は、弊社の畑で使うだけではなく周辺の農家さんも使用し喜ばれています。
私が藍染めを学びたかったとき、学べる場所が少なくて苦労しました。だから、今はその場として、体験や講習会を行って、工房を開けた場所にすることも大事だと思っています。藍染め体験をしてみたい近所の方がいたら工房に招いています。」
Watanabe’sは他企業とのコラボレーションによって、様々なアイテムに藍染めを施しています。例えば、木を薄くスライスした「ツキ板」を扱う有限会社森工芸と共に食卓を彩る器を手掛けています。
プレートにはホワイトシカモアという木目と垂直に交差する光沢模様が特徴的な木が使用されています。その美しい光沢模様が円形に広がる「光線貼り」によって、ツキ板が光の当たり方によって異なる表情を見せています。これは、家具産地としても知られ、多くの木工メーカーがある徳島県ならではの一品です。
土づくりから染色までの道のり
Watanabe’sでは染液を用いて染色を行うだけではなく、その染液の主な原料であるすくもづくりや、すくもの原料である藍の栽培も自社で行っています。1年の気候や気温の変化に合わせて土づくりから藍の収穫、すくもづくりと工程が進んでいきます。すくもは乾燥させることで長期保存ができ、一年を通して藍建てと染色が可能になります。
藍染め産業の課題と解決への取り組み
工房の近くにある別の建物で、最近導入した機械とすくもを作る工程を見学させていただきました。
渡邉さん:「今年は約40俵の蒅の生産が見込めそうです。1俵は約56kgで、乾燥させると30kgほどになります。それが1俵15万円前後で市場で取引されるため、40俵で約600万円になります。
ですが、そこから固定費や機械の燃料費が差し引かれることを考えると、藍の栽培のみで事業を成り立たせていくのは現実的ではありません。
一方で、染色工程を自社で行うと、1俵あたり200万円くらいの価値が生まれます。40俵ならば、8,000万円分の価値があります。
江戸時代から現在まで、藍師が儲かりにくいという産業形態は変わっていないため、藍師になる人は年々減っています。近年の染織ブームで染師は増えてきているんですが、染液の原料であるすくもの供給が追いついていないという状態です。
そのような状況なので、自社で藍の栽培から行っています。それでも、自力で全てをこなすのには限界があります。ですので、最近新しい収穫機械を購入しました。従来は2ヶ月かかっていた収穫作業を10日に短縮できました。」
すくもを作るために藍を発酵させる工程も見学しました。
渡邉さん:「3週間くらい前からちょっとずつ葉を追加しながら水と空気と熱で発酵させてすくもを作っています。熱は今は60度くらいですが、一ヶ月後には80度くらいになりますね。堆肥化する過程で白いカビが出てきたら、ほぐして発酵を促すために全体をかき混ぜています。今は発酵臭もマイルドですけど、あと一ヶ月もするとここにいられないくらい強いアンモニア臭がするんです。」
6年間で100回分の染液の仕込みデータを残してきた理由
工房見学の際に、渡邉さんは大きなスケッチブックを見せてくださいました。
渡邉さん:「6年間で100回分の仕込みのデータを残してきました。原料の配合割合や発酵具合など、染液の仕込みはそれまでは職人の勘で行われてきました。それぞれの職人が秘伝のレシピを持っているような状態でしたが、私は記録を続けた結果、データを分析しより良い菌の発酵環境を見出すことができました。その結果、良質なすくもや染液を安定して生産できるようになりました。
飾られるものではなく、たくさん使われるものを作りたい
ーー今後どういった活動をされていくのかについて教えてください。
渡邉さん:「やはり、体験をしてもらった際に『すごく綺麗な色!』と喜ばれるのが一番嬉しいんです。藍染めを広めていくために、ワークショップやキットの制作は今後も続けて行けたらと思います。また、工房に隣接したショップで製品を購入できるよう、現在準備中です。
藍染めの製品は、使われず放置されるとどんどん色が褪せてしまいます。使い続けられることで初めてその鮮やかな色が維持されます。飾られるものではなく、たくさん使われるものを作っていきたいです。」
株式会社Watanabe’s 公式サイト
編集後記
取材時は藍染めの体験をさせていただきました。その際に、染液にも人間で言う年齢のようなものがあるということを知りました。他の訪問者の方々と別々の染液で染めた結果、若い、つまり藍建てをしてから日が浅い染液では濃い色に染まり、私が選んだベテランの染液では淡い色に染まりました。染める人や、その人が選ぶ染液、染め方によって唯一無二の色に仕上がる、藍染めの美しさに今後も注目していきたいです。(ものづくり新聞記者 佐藤日向子)