体験時間は7時間。メガネ産地、鯖江で世界に一つのメガネを作る特別な一日

2024年4月24日 公開
福井県越前鯖江エリアは、越前漆器、越前和紙、越前箪笥、越前刃物、越前焼の5つの伝統工芸に加え、メガネ、繊維と全部で7つの地場産業が半径10km圏内に集まる、全国でも珍しいものづくり産地です。
福井県には、ものづくりに関する大きなイベントが3つあります。今年10年目を迎える体験型マーケットRENEW、メガネ供養などで知られているメガネフェス、共創や次世代への継承のきっかけづくりを目指すマーケットイベント千年未来工藝祭です。これらのイベントがきっかけとなり、越前市、鯖江市、越前町を中心に、福井県は日本全国から来訪者が集まる産業観光地として日々進化しています。
進化を続ける越前鯖江をより深く知るべく、私、ものづくり新聞記者 佐藤は滞在型お試し就業プログラム「産地のくらしごと」によって、2週間ほど福井県に滞在しました。宿泊先は、鯖江市河和田町の古民家シェアハウス山のいえ。滞在中はリモートワークで本業を続けながら、休日などの空き時間には越前鯖江のものづくりの工房見学やものづくり企業で三日間お試し就業をさせていただきました。
この2週間は日々刺激的で、毎日あったことを全てお伝えしたいくらいなのですが、今回特に強く惹かれたお話や体験を厳選して、3本の記事にまとめました。記事を通して、皆さんにワクワクするような体験談や、産地の魅力をお届けできたら嬉しいです。

今回は、福井県鯖江市にあるめがねミュージアムでメガネ作り体験をしてきました。その所要時間は、なんと7時間。10時から17時まで、まるっと1日かけて世界にひとつだけのメガネをどのように作ってきたのか、1日の流れをご紹介します。体験に入る前に、まずは鯖江のメガネの歴史や素材についておさらいしてみたいと思います。

鯖江のメガネの特徴

メガネミュージアムに入ると、天井に大きな球体が2つ。よーく見ると、メガネがたくさんついています!
メガネミュージアムに入ると、天井に大きな球体が2つ。よーく見ると、メガネがたくさんついています!
 
明治38年、農業の閑散期の新しい収入源として、福井県に大阪府のメガネ職人が招かれることで福井でのメガネ生産が始まりました。
福井県鯖江市は「めがねのまち」として知られています。国産めがねフレーム生産額の96%を福井県が占めており、イタリア・ベッルーノ、中国・深圳とともに世界三大めがね産地として知られています。(商工中金
最近では機械化が進み、一部の工程は機械でも行われていますが、熟練の職人の手先の感覚によってしかできない工程や、機械の稼働のために人が時間をかけて準備をしなければいけない工程も多いです。
鯖江市で生まれるメガネのほとんどがセルロースアセテート、またはチタンでできています。今回の体験にも使用された、セルロースアセテートとは一体どんな素材で、なぜそれがメガネの素材に選ばれるのでしょうか?

綿花が原料のプラスチック「セルロースアセテート」が選ばれる理由

セルロースアセテートの前身は「セルロイド」という人工プラスチック素材でした。セルロイドは元々高価で希少な象牙、鼈甲(べっこう)、珊瑚などの代用品として作られた素材で、主にビリヤードのボールの安価な大量生産に貢献しました。しかし、セルロイドは可燃性の材料で、摩擦熱で突然発火することが多く、メガネ工場では火災が発生していたというお話もお聞きしました。
セルロイドの代用品として選ばれたのが、燃えにくい材料でできたセルロースアセテートです。セルロースアセテートは綿花とパルプを粉末状にして飴細工のように練り上げ、着色し固めることで作られます。石油系の樹脂に比べて濁りが少なく、透明度のある素材のため色鮮やかな着色が可能です。60-75度前後の熱で変形するため、加工がしやすいという特徴もあります。ただし、熱や湿度の影響で自然変形しやすく、強度はあまりないという弱点もあります。そのため、高温多湿な場所に置くのを避けたり、強度を保つために金属製の芯を入れたりする必要があります。
 
今回は、めがねミュージアムのメガネ手作り教室というものに参加しました。この体験は完全予約制で、6日前までの予約が必要でした。2名以上の予約がある日程のみ開催されるので、1名で行く場合はすでに開催が決まっている日程から選ぶ必要があります。今回は1人で参加したため、他の方の参加が決まっている日程の中から日にちを選びました。これから行く予定の方は、時間に余裕を持った予約やお問い合わせをおすすめします。この日は私を含めて7人が参加していました。

🕰️ 10:00 サイズ測定やプラン選択

写真の部分は「フロント」、耳にかける部分は「テンプル」と呼ばれています。
写真の部分は「フロント」、耳にかける部分は「テンプル」と呼ばれています。
午前10時から体験がスタート。まず、1階のめがねShopで頭部のサイズを測ったり、メガネのオプションを相談するところから始まりました。メガネに詳しいスタッフの方が丁寧にレンズやフレームのオプションの相談に乗ってくれました。オプションには、素材の光沢をあえて消すマット加工(+3300円)や、固定式鼻パットから、金属製アームがついた調整可能鼻パッドへ変更できるオプション(+2200円)などがありました。また、追加料金なしで刻印をテンプル(耳にかける部分)に施すこともできました。
レンズは別売りですが、その場で必要に応じて視力検査もできるようでした。機能、デザインとも自由度が高く、どれにしようか迷いますが、このタイミングで全てを決める必要はありません。体験の工程上影響がある部分のみ先に決めて、レンズの有無や刻印する文字については、体験が終わる時間までゆっくり悩むことができたのが良かったです。実際に商品を使ってみながら、自分に合うメガネのイメージを膨らませることができました。これで体験を始める準備が整いました。いよいよ、2階の体験場所へ移動します!

🕰️ 10:30 素材とデザイン選び

 
まず最初に2名の職人さんと一緒に、フロントとテンプルの素材とデザインを選びます。素材は約500種類もあり、フレームデザインも約70種類の中から選ぶことができました。数が多いので、気になったセルロースアセテートは手元に残しながら、ひと通り見て回ります。職人からの「一見派手に見える柄物の素材でも、メガネの形に切り取ると見え方が変わり、そんなに派手にならない」というアドバイスや、「室内と太陽光に当たったときでも見え方が大きく変わる」という助言が選ぶ際の参考になりました。窓際で透かしてみたりしながら選んだ素材がこちら。
 
素材は、最後の最後まで迷っていたのですが、フロントのデザインはすぐに決まりました。鼻の部分が一昔前の鍵穴のように見える、キーホールブリッジというクラシックなデザインを選びました。このデザインをつけて鏡で見てみたとき、赤っぽいメガネがいいかも?と思い、結局赤と黒が入った大きめの柄の素材を選びました。
「デザインを選んでいる今が一番楽しくて、ここからは肉体労働だよー」という職人の言葉が印象的でした(笑)。その言葉通り、ここからは板をメガネの形に削って磨く、怒涛の時間が始まります。

🕰️ 11:30 フロント(レンズ枠)の内玉(内側)削り

 
先ほど選んだ板状の素材にデザインの型紙を貼ったあと、職人の手によって内側に穴をあけます。これにより、糸ノコギリで内側を削る準備が整いました。
 
それでは、糸ノコギリで内側を切り抜いていきます。「右利きなら、時計回りに削るとやりやすいよ」と職人からアドバイスをもらいました。この後ヤスリにかけることを考慮して、型紙の紙から1-2mmくらい外側を削ることが望ましいのだそうです。ギリギリを攻めると、フロントのデザインを台無しにしてしまう。でも余裕を持たせすぎると、ヤスリをかける箇所が増える。その間でバランスをとりながら、円形に削るのが難しかったです。
なんとか削り終わると、次は金属製の棒ヤスリと、2種類の荒さの紙ヤスリで内側を磨きます。レンズが入る部分なので、ズレや傷がないように職人が念入りにチェックしてくれました。問題なく磨けたら、今度は機械でレンズ用の溝を削ります。

🕰️ 12:30 フロント(レンズ枠)の外径(外側)削り

 
外側も同様に、糸ノコギリで地道に削ります。くり抜かれて残った端材は持ち帰ることができました。メガネ本体は当日に完成しないので残念ながら完成品は持ち帰れませんでしたが、自分のメガネの内側の部分をもらえるのは、なかなかない貴重な経験でした。
 

🕰️ 13:00 お昼休憩

 
お昼休憩の時間は、1時間。ミュージアム内のカフェでランチメニューはないため、お昼ご飯を外に食べに行くか、買って持ってくるかを選んだ方が良さそうでした。ショップでお土産を見たり、博物館で昔のメガネを見たりして、良い息抜きになりました。1時間後、また作業場に戻ります。
 

🕰️ 14:00 フロント磨き

次に、フロントの湾曲部分を、幅や形が異なる数種類の棒ヤスリで整えていきます。フロントの前側と後ろ側で幅が変わらないように、棒ヤスリを垂直に立てるのがポイントです。前側と後ろ側でズレがあると、レンズをはめられなくなってしまうのだそうです。力と忍耐力を必要とする作業ですが、この工程が最も「自分のメガネを一から形にしている」という感覚があり、やりがいもありました。
棒ヤスリと2種類の紙ヤスリによって、3段階の磨きの工程を終えました。やっとメガネらしい形になってきて、触り心地も滑らかになりました。今回、半日位以上かかって一個のフロントを職人に手伝ってもらいながらなんとか削ることができましたが、50年前は機械ではなく全て手作業で同じようにフロントを製造していたそうです。
当時の職人一人当たりの目標製造数は、なんと1日8個!素材を糸ノコギリで削る際、型紙のラインに近いところで綺麗に削る技術があるため、磨きの時間も短縮されるのだそうです。それにしてもこの工程を1日で8回も繰り返すなんて….改めて職人技の凄さを体感しました。

🕰️ 16:00 テンプル削り

テンプルはグレー色のセルロースアセテートを選びました。テンプルにもデザインがいくつかあり、太さや先端部分の形に違いがあります。フロントのデザインとの相性や、顔のパーツに合わせておすすめのテンプルのデザインを職人が提案してくれました。長さは人によってサイズが異なり、はじめに計測したサイズに合わせて型紙を調整します。
テンプルの中央には強度を保つための金属製の芯が差し込まれているので、それが外側にはみ出ないように気をつけて削らなければいけません。フロントのときと同じように、線より少し外側を意識して糸ノコギリで削ります。
糸ノコギリで削る時に意外と力を使うのは、削る側の腕ではなく、反対側の支える側の腕です。特にテンプルは細長く支えにくかったので、ずれないように支える側の腕がより一層疲れました。「作業の息抜きに、テンプルに入れる刻印の内容考えておいてね」と職人から声をかけてもらい、最後まで嫌になることなく、楽しい気持ちのまま作業を続けることができました。

🕰️ 16:45 写真撮影後、受付へ戻る

体験中は、赤いメガネのワンポイントがかわいいエプロンをお借りすることができました。
体験中は、赤いメガネのワンポイントがかわいいエプロンをお借りすることができました。
作業に没頭すると、時間が過ぎるのはあっという間でした。気がつけば日が暮れて、17時まで残り15分くらいのところで作業を終了しました。アミールという溶剤を使って溶着された鼻フックがフロントから取れてしまわないように気をつけながら、フロントを持って写真を撮りました。
1階のショップで届け先や刻印内容の記入、オプション選択などをして、支払いを済ませます。数種類あるレンズの中から選ぶのはとても迷いましたが、スタッフの方の「日常的にパソコンやスマホを長時間使っても目が疲れる感覚があまりないのであれば、必ずしもブルーライトカットレンズにしなくて良い」というアドバイスを参考に、度なしのレンズを選びました。

体験前、体験中に気をつけること

めがねミュージアム内のショップで購入品を入れてもらった紙袋。視力検査のようなデザインがかわいいです。
めがねミュージアム内のショップで購入品を入れてもらった紙袋。視力検査のようなデザインがかわいいです。
 
  • 予算面
今回の体験料金は全部で33,000円でした。体験自体の料金は24,200円(通常コース)ですが、別売りのレンズの料金や、その他のオプション料金のことを考慮すると、3〜4万円くらいの予算を準備した方が良さそうです。また、手作りのメガネのため、完成後に市販のメガネと同じようにどこのメガネ屋でも修理やレンズの入れ替えをお願いできるわけではありません。また、セルロースアセテートが綿花由来の素材であるという特性上、水分量の変化によって形状の維持が難しく、期間が経つほど水分量が減り縮みやすいという特徴があります。このようなことを考慮すると、将来的にレンズを入れる予定があるのであれば早めに別途自分で購入するか、現地で購入して熟練の職人さんに組み立ての際に入れてもらう方が、長く大切に使える、自分にぴったりのメガネを完成させることができそうです。
 
  • 服装
セルロースアセテートを削ったり磨いたりすると粉がたくさん出てくるので、汚れても良い格好で行くのがおすすめです。また、荷物やスマホなどにも粉がつくので、気をつけてください。服や荷物の素材によっては粉が取れにくかったです。
 
  • 安全面
糸ノコギリや金属製の棒ヤスリ、紙ヤスリを使用するため、怪我をする恐れがあります。長時間の作業で疲れてきた午後に、特に気が緩みやすかったです。いいメガネを作りたい!と没頭しがちですが、焦らず、自分のペースで怪我なく楽しく体験を終えられるのが一番だと思います。全ての工程を予定通り終えられなくても、随時職人の皆さんがサポートしてくれます。私は糸ノコギリを使用する工程が苦手で、他の参加者と比べて遅れをとっていたのですが、その工程を職人さんが手伝ってくださったおかげで体験の最後の工程までたどり着くことができました。
 

完成したメガネが約1ヶ月後に、家に届く!

完成したメガネは、丁寧に梱包された状態で届きました。メガネケースやメガネ拭きも入っています。
完成したメガネは、丁寧に梱包された状態で届きました。メガネケースやメガネ拭きも入っています。
職人が最終磨きと組み立てを行い、完成したメガネが1ヶ月後にメガネが届きました。体験時はフロントとテンプルが組み合わさった様子をあまりイメージできませんでしたが、こうやって完成したメガネを手にしてみると、改めて体験への大きな達成感を感じました。鯖江に来て一番やりたかったことができ、一生の思い出に残る体験をすることができました!
 
 
めがねミュージアム
 
参考資料:鯖江の眼鏡 一般社団法人福井県眼鏡協会公式ガイドブック
 

編集後記

これまで1-2時間程度のものづくり体験で江戸切子、蒔絵、金継ぎ、染め物、鋳物、彫金などに挑戦したことがありました。今回の7時間にも及ぶメガネを作る体験は、これまでの体験とは明らかに別格でした。体力や忍耐力を必要とし、危険も伴う工程もあえて省略せず、製造の全工程ではないものの、多くの工程を経験させてもらえました。その結果、メガネ産地の分業制度や製造工程を体験しながら深く学ぶことができました。同時に自分にぴったりの世界に一つだけのメガネを職人と一緒に作れる、とても有意義な時間でした。体験後、2、3日は腕が筋肉痛でした(笑)。完成したメガネを、長く大切に使いたいと思います。(ものづくり新聞記者 佐藤日向子)
 
 

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