ものづくり産地『越前鯖江』の暮らしと仕事を3週間お試し!「産地のくらしごと2024」潜入レポート

2024年4月30日 公開
福井県越前鯖江エリアは、越前漆器、越前和紙、越前箪笥、越前刃物、越前焼の5つの伝統工芸に加え、メガネ、繊維と全部で7つの地場産業が半径10km圏内に集まる、全国でも珍しいものづくり産地です。
福井県には、ものづくりに関する大きなイベントが3つあります。今年10年目を迎える体験型マーケットRENEW、メガネ供養などで知られているメガネフェス、共創や次世代への継承のきっかけづくりを目指すマーケットイベント千年未来工藝祭です。これらのイベントがきっかけとなり、越前市、鯖江市、越前町を中心に、福井県は日本全国から来訪者が集まる産業観光地として日々進化しています。
進化を続ける越前鯖江をより深く知るべく、私、ものづくり新聞記者 佐藤は滞在型お試し就業プログラム「産地のくらしごと」によって、2週間ほど福井県に滞在しました。宿泊先は、鯖江市河和田町の古民家シェアハウス山のいえ。滞在中はリモートワークで本業を続けながら、休日などの空き時間には越前鯖江のものづくりの工房見学やものづくり企業で三日間お試し就業をさせていただきました。
この2週間は日々刺激的で、毎日あったことを全てお伝えしたいくらいなのですが、今回特に強く惹かれたお話や体験を厳選して、3本の記事にまとめました。記事を通して、皆さんにワクワクするような体験談や、産地の魅力をお届けできたら嬉しいです。

「お試し就業プログラム」産地のくらしごととは?

(提供元:一般社団法人SOE)
(提供元:一般社団法人SOE)
今回、越前鯖江に滞在するきっかけとなったのは「産地のくらしごと」というお試し就業プログラムです。移住促進を掲げている福井県が主催となり、一般社団法人SOEによる企画運営によって実現したこのプログラムには2種類のトライアルステイが用意されています。
一つは、5日間の「作り手就職版トライアルステイ」。ものづくり企業への就職を希望する人向けのプログラムです。今回は11人が参加しました。
もう一つは、3週間の「支え手就職版トライアルステイ」です。記者 佐藤は都合上、途中参加という形でこちらのプログラムにて2週間、滞在しました。このトライアルステイは、複業やフリーランスとして産地周辺を支えたい人向けに作られており滞在期間も長く、越前鯖江のものづくりの現場を学べる工房見学なども複数回実施されました。これには女性4名、男性2名、合わせて6人が参加していました。
参加者は日本全国から集まっており、大学1〜4年の学生や、フリーランサー、会社員などがいました。クリエイティブな仕事をしたい方や、ものづくりが大好きな方が多い印象でした。参加者の方と就業体験先の企業のマッチングも、滞在前のオンラインミーティングによって行われました。
 
作り手就職版トライアルステイと支え手就職版トライアルステイに参加した人数は合計14名(延べ人数17人 ※3名が両プログラムへ参加)。そのうち、1名が企業から内定をもらい、2024年4月からその企業で正社員として働いています。その他の2名が就職と移住を希望しており、選考に参加中です(2024年4月時点)。2024年5月からアルバイトとして就業を続けることが決まった参加者や、夏季インターンの参加が決まった参加者もいます。
 
そんな、越前鯖江のものづくり企業と参加者が出会うきっかけとなった産地のくらしごと。実際に古民家シェアハウスで生活したり、就業体験をしたりした日常の一部をご紹介します。

就業はお金が出るの?宿泊費や交通費は?

宿泊した古民家シェアハウス「山のいえ」
宿泊した古民家シェアハウス「山のいえ」
今回のトライアルステイの参加費は無料。交通費の一部支給と宿泊先である古民家シェアハウスの無償提供もありました。就業や工房見学の際の移動は車で送迎もしていただきました。そのため、現地でかかる費用は食費や日用品の買い物くらいでした。就業時間は企業によって異なり、10時〜17時のように終日就業する場合や、半日就業のパターンもありました。もちろん、就業の際はアルバイト代が支払われる仕組みになっています。
支え手就職版トライアルステイの場合、就業の割合は滞在日数全体の1〜2割程度。そのほかの時間は自由に過ごすことができるため、自分の興味のある分野の体験や勉強、作業に時間を割くことができました。

古民家シェアハウス「山のいえ」での暮らし

山のいえでひな祭りのイベントがあった際の様子。(提供元:一般社団法人SOE)
山のいえでひな祭りのイベントがあった際の様子。(提供元:一般社団法人SOE)
滞在した古民家シェアハウス「山のいえ」では、2名の住民に、産地のくらしごとでの2名が加わる形で、計4名で生活していました。キッチンやお風呂、トイレは共同で、不定期で開催されるイベント会場にもなっていて、常に賑やかな環境でした。
滞在中は産地のくらしごとで出会ったルームメイトと一緒にご飯を作ったり、こたつで深夜までおしゃべりをしたり、楽しい時間を過ごすことができました。外では雨や雪が降っていることが多い寒い日々だったので、家の中では灯油ストーブやこたつに頼りながらの生活を送っていました。
外でしんしんと雪が降っていたある日、ストーブ用の給油ポンプが突然壊れてしまいました。灯油を補給できなくなったときは「終わった…」と絶望しましたが、ルームメイトと協力して解決することができました(笑)。慣れない街で初めてのことも多い日々でしたが、色々な方に助けてもらいながら乗り越えることができました。

眼鏡素材のアクセサリーブランドKISSOでの3日間のお試し就業

株式会社キッソオのオフィス(右側)とオリジナルブランドKISSOの直営店(左側)
株式会社キッソオのオフィス(右側)とオリジナルブランドKISSOの直営店(左側)
滞在中、記者 佐藤含め4名が週1~2回の頻度で株式会社キッソオでの就業を体験しました。株式会社キッソオは眼鏡用プラスチック材料販売や眼鏡用設備の販売をしている、「めがね製造にかかわる全ての材料の総合商社」です。
アクセサリーブランドKISSO(キッソオ)は、同社のオリジナル商品を扱うブランドです。メガネの素材として使われるセルロースアセテートの鮮やかなカラーや、肌馴染みの良いつけ心地を生かしたリングなどのアクセサリーが販売されています。
 
2022年12月に、代表の吉川 精一(よしかわ せいいち)さんにお話を伺った際の記事はこちらです。
 
大まかな三日間の就業の流れは以下のようになっています。参加者それぞれの興味や、スキルに合わせて業務内容が異なり、営業担当の社員の方のサポートや、素材加工の体験をするメンバーもいました。
記者 佐藤の3日間の就業スケジュール
記者 佐藤の3日間の就業スケジュール
初日はとても緊張しましたが、作業をしながら、社員の方が積極的に話しかけてくださったおかげでリラックスすることができました。社員の方に「地方によって異なるアクセサリーの人気カラーの系統」などを教えていただいたのが印象的で、就業をしながら、KISSOの人気商品や商品が生まれた背景などを学ぶことができました。
オフィスで出会ったメガネをかけたキリンさん。オフィス兼工場では見学もできるよう、自社商品や材料などが展示されていました。
オフィスで出会ったメガネをかけたキリンさん。オフィス兼工場では見学もできるよう、自社商品や材料などが展示されていました。
2日目に催事用の商品の選定をした際は、前日にお聞きした内容をもとに売れ筋のカラーを多めに選定したところ、社員の方が褒めてくださいました。初めて働く職場でわからないことも多いのは当然ですが、それを誰にでも質問できるような、あったかい雰囲気の職場でした。そのおかげで、昼食時には色々な社員の方をお話をすることができました。
KISSOオフィスにて株式会社キッソオ 代表の吉川 精一さんからのお話を聞く参加者たち(提供元:一般社団法人SOE)
KISSOオフィスにて株式会社キッソオ 代表の吉川 精一さんからのお話を聞く参加者たち(提供元:一般社団法人SOE)
最終日の午前中には、代表の吉川さんからKISSOが生まれた背景や、商品の誕生秘話などを聞かせていただきました。KISSOのアクセサリーができるまでの流れや、今後会社として達成したいことなども教えていただき、とてもワクワクしました。移住前や入社前にこのような機会があるのは、お試し就業ならではのものだと思います。本格的に参画や採用をする前に、お互いのマッチング度合いを確かめることもできる大変貴重な時間でした。
新色のイヤーカフを撮影した際のようす。綺麗に並べるのが大変でしたが、仕上がりを社員の方に喜んでいただけて良かったです。
新色のイヤーカフを撮影した際のようす。綺麗に並べるのが大変でしたが、仕上がりを社員の方に喜んでいただけて良かったです。
 
オフィスがあるエリアには直営店もあります。日本全国の百貨店などでPOP UPもたくさん開催されています。KISSOが気になった方は直営店やPOP UPにぜひ足を運んでみてください。
 
KISSO
 

休日は工房見学やものづくり体験へ

越前市の栁瀨良三製紙所の工房見学をした参加者たち(提供元:一般社団法人SOE)
越前市の栁瀨良三製紙所の工房見学をした参加者たち(提供元:一般社団法人SOE)
就業がない日には、越前鯖江の様々なものづくりの現場を見学させていただきました。この日伺ったのは、越前市にある栁瀨良三製紙所(やなせりょうぞうせいしじょ)です。栁瀨良三製紙所では、越前和紙の伝統技法である「落水(らくすい)」によって作られる金型落水紙や、和菓子パッケージ用の和紙妙紙が作られており、手漉きの和紙も販売されています。栁瀨 靖博(やなせ やすひろ)さんに案内していただきました。
 
💡 落水とは
水圧を利用して湿紙に模様を施す技法。ジョウロや穴を開けたパイプなどを用いて、雨を降らせる様に細かく水滴を落とす「落水紙」や「天上紙」、渦巻き状に模様を付けた「孔雀紙」、直線状の「すだれ紙」など多くのパターンが考案されました。(引用元:ECHIZEN WASHI
 
落水の様子を実際に見せていただきました。一見、適当にシャワーのようなもので模様を描いているようでしたが、何度も同じ工程が繰り返されている様子を注意深く見ていると、毎回しっかり同じ模様が浮かび上がっていて、そのスピード感と安定したクオリティの高さに感動しました!
また、和紙を漉く際の土台となる型についても教えていただきました。昔は一つ一つ溶接でパーツを組み合わせる手法で手作りの型が作られており、1種類の和紙の型を作るのに膨大な時間がかかったそうです。ですが、最近ではより手軽にデザインをカスタムできる型が作れるようになり、そこから「紋(もん)つなぎ和紙」というものができました。紋つなぎ和紙は、栁瀨良三製紙所と和紙製品の企画デザイン・販売を行う株式会社WACCA JAPANとの共同開発によって生まれたものです。和紙の繊維が絶妙に絡み合うことでモチーフごとが薄く繋がっており、窓に貼ったり、ちぎって別々に使うことができます。インテリアデザインとしての、和紙の新しい可能性を感じました。
 
書家・國廣沙織(くにひろ さおり)さんとのコラボレーションで製作した、紋つなぎ和紙「ひらがな」。
 
栁瀨良三製紙所
 
栁瀨良三製紙所での工房見学の際の様子を動画にまとめました。こちらもぜひご覧ください。
 

参加企業へのインタビュー。社員数9名、社員平均年齢60歳のメガネフレーム製造企業が産地のくらしごとに参加してみて

今回(2024年3月)開催された産地のくらしごとでは、9つの企業が参加者を受け入れました。その中で唯一、作り手就職版トライアルステイと支え手就職版トライアルステイの両方に参加されたのが、沢正眼鏡株式会社です。沢正眼鏡の専務 澤田渉平(さわだ しょうへい)さんにお話を伺いました。
他事業者へ自社の説明をしている澤田渉平さん。(提供元:合同会社ツギ(TSUGI llc.))
他事業者へ自社の説明をしている澤田渉平さん。(提供元:合同会社ツギ(TSUGI llc.))
ーー澤田さん、産地のくらしごとでは大変お世話になりました。作り手、支え手就職版トライアルステイの両方に参加されたということで、まずは沢正眼鏡や澤田さんについて教えてください。
澤田さん:「弊社はメガネ製造における最後の工程である磨きや組み立てを行う会社です。社員数は9名(2024年4月時点)で、現在の代表である 澤田雅美(さわだ まさみ)が私の父にあたります。」
 
ーー今回産地のくらしごとへの参加を決めた理由について教えてください。
澤田さん:「元々関わりがあった一般社団法人SOEの方からのお誘いをいただいたのがきっかけでした。それから、長い目で見て若手の採用も視野に入れなければならないと思ったからです。というのも、この間社員の平均年齢を数えてみたら、60歳を超えていたんです。このままでは会社の寿命が尽きてしまう、という危機感もあり、参加を決めました。」
 
ーー参加者へはどういった体験をしてもらったのでしょうか?
澤田さん:「磨きや組み立ての工程です。任せられる工程はあまり多くはないものの、できるだけ全ての工程を見てもらったり、参加者の興味関心に合わせて柔軟に内容を変えたりしました。プロダクトデザインに興味がある参加者には、知り合いのメガネの設計者と一緒に、簡単な講座を企画したりもしました。」
沢正眼鏡での就業体験のようす。(提供元:一般社団法人SOE)
沢正眼鏡での就業体験のようす。(提供元:一般社団法人SOE)
 
ーー今後、どういった方に仲間に入ってもらいたいですか?
澤田さん:「元々OEMが中心の会社でしたが、今後は自社ブランドの立ち上げも検討しています。また、新規事業として空き家を買取り、整備することも計画しています。そういった自社オリジナルのものづくりや、まちづくりに意欲がある方に来てもらいたいです。」
 
ーー自社ブランドの立ち上げだけではなく、まちづくりに関する新規事業も素敵ですね。今後さらに移住者が増えるとしたら、住環境の確保と整備は喫緊の課題となりそうです。産地のくらしごとの第2回があればまた参加したいですか?
澤田さん:「ぜひ参加したいです。会社を長く続けるため、そして新規事業への挑戦のため、新しいメンバーを迎えられたらと考えています。この町では、主に移住者が産地を盛り上げてくれていますが、ここで生まれ育った人として、私たちももっと踏ん張らなきゃならないと思っています。弊社の社員の平均年齢は60歳ですが、同じようにこの辺りの地域の高齢化も進んでいます。これからの産地を支える存在として、産地と一緒に成長していけるように頑張りたいです。」
 

滞在中のまとめをした、一夜限りのナイトスナックイベント

毎日が充実していて、あっという間に最終日の前日となってしまいました。この日は、メガネフレームの製造・販売・修理を行うサンオプチカル株式会社のギャラリー「奇人眼鏡展」をお借りして、参加メンバーの懇親会を兼ねたナイトスナックイベントを企画しました。
参加者は、それぞれ滞在中に実施したことを発表しました。サイクリング好きの参加者は、周辺地域の「公共交通機関があまり多くなく、低地が多い」という条件が、サイクリング好きな人にとってはむしろ最高のサイクリングスポットなのではないか?と考え、サイクルツアーのアイデアを発表しました。このほかにも、鯖江市河和田町の飲食店を巡り、自ら撮影・執筆をして冊子を作成した美大生の参加者もいました。
短くも発見と学びで溢れた、充実した期間で、日々移住者や地元企業の方と関わる接点もたくさん作っていただきました。このプログラムは、ものづくりに関わる企業に就職したい、越前鯖江に移住したい若者にとって、またそういった若者を受け入れたい企業や産地にとって参考になる取り組みだったのではないでしょうか?今後さらに盛り上がる、越前鯖江から目が離せません。
 

編集後記

2週間の中で、一番思い出に残っているのは車での移動時間です。車を持っている方たちに就業先や、買い物先、工房見学先まで送迎していただきました。移動時間は、30分から1時間弱くらいのことが多く、自然豊かな景色を眺めながら、車に乗っている方と色々なお話をした、あの時間が楽しかったです。余談ですが、ある日懇親会の帰りに乗せてもらえる車がなく、家に帰れなくて困っていた時に、沢正眼鏡の澤田さんの車の荷台に乗せてもらいました(笑)。たくさんの方に助けていただいて、無事、今回の滞在を終えることができました。産地のくらしごとで出会ったたくさんの皆さんと、またお会いできる日を楽しみにしています!主催、企画、運営してくださった皆様に心からお礼申し上げます。(ものづくり新聞記者 佐藤日向子)
鯖江市河和田町でふと歩いていたときに撮った写真。天神川にかかるだいもんばしから見える景色です。山に囲まれた低地で、雨や雪が多い気候でしたが、この日は貴重な晴れの日でした。
鯖江市河和田町でふと歩いていたときに撮った写真。天神川にかかるだいもんばしから見える景色です。山に囲まれた低地で、雨や雪が多い気候でしたが、この日は貴重な晴れの日でした。
 

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