カギは「推し活」と「eスポーツ」。時代とともに進化を続けるゲームボタンのこれから
2024年5月29日 公開
※当記事は、ものづくり新聞初の試み「ものリンク」として構成されています。ものリンクとは、ひとつの「もの」に関わる人や企業を2名の編集部メンバーで取材し、それぞれ異なる視点から記事を執筆するという企画です。
第1弾は、東京都板橋区にあるゲームパーツメーカー「三和電子株式会社」。
記事は『「ゲーマー心」がわかるゲーム好き社員だからこそ作れるボタンがある。時代とともに進化を続けるゲームボタンのこれから』、『小さなパーツに込める想い。ゲームボタンの進化と挑戦(当記事)』の2部構成となっています。
2つの記事をリンクさせることで、ゲームボタンの歴史や、パーツの製造に携わる人たち、ボタンにまつわる豆知識などを幅広くご紹介しております。ぜひ2本併せてご覧ください!
今回編集部が向かったのは、東京都板橋区の三和電子株式会社です。三和電子は1982年に設立された、アミューズメントゲーム業界のレバーや押しボタンなどの入力デバイスの製造・販売を行う企業です。三和電子から生まれる高品質・高精度・高寿命の製品は、ゲーム業界のみならず、イベントや音楽(DJ機器等)でも利用されています。(参考:三和電子株式会社)
三和電子 営業部の佐藤望(さとうのぞみ)さんにお話を伺いました。まずは、入社された15年前のお話から聞いてみたいと思います。
入社のきっかけは、たまたま入ったコンビニの求人誌
ーー佐藤さんはどういったきっかけで三和電子に入社されたのでしょうか?
佐藤さん:「大学時代は『やりたいことがないのに、仕事を探しても仕方がない』と思って、就職活動をしていませんでした。大学を出てからは、ひとまず貯金が尽きるまで韓国に1年くらい滞在していました。アメリカ留学時代に仲良くなった友達が韓国にいたので、しばらくそこで好きなゲームをしたり、旅をして過ごしていました。しかし、あと2ヶ月くらいで貯金が尽きそうになったタイミングで日本に帰りました。2009年のことだったと思います。
帰国後はしばらくゲームで遊ぶためにゲームセンターに行くことが多かったです。ある日、ゲームセンターに行く前に、たまたまコンビニに寄りました。その時にふと手に取った求人冊子に、三和電子の求人が書いてありました。なんと書いてあったのかはあまり覚えていないのですが、そこにはボタンやレバーの写真が載っていて、直感で『ここだ!』と思ったんです。当時は本格的に格闘ゲームをやり始めていた時期でもあり、興味がある分野でもありました。」
営業担当・佐藤さんのちょっと意外な業務内容
ーー普段の業務内容について教えてください。
佐藤さん:「普段の業務内容は主に2つあります。1つは、会社宛に来るお問い合わせの返信対応で、もう1つは既存の取引先やユーザーからのニーズのヒアリングです。海外のお客様からのお問い合わせは基本的に全て担当しています。すでにお取引がある場合は、同じ担当者が継続して窓口となります。
ニーズのヒアリングは、ものによって手法や期間は異なりますが、販売前に仕様に問題がないかを確かめるため、ロケテストやアンケートなど様々な方法で、ユーザーから意見をもらいます。中には世界で活躍するプロゲーマーからフィードバックをもらうこともあります。そして、技術部とヒアリングした内容を共有し、商品仕様のすり合わせを行います。
このほかにも、企業のSNSの更新や、展示会への出展、SANWA GAMING CLUB ※1)に所属しているプロゲーマーの世界大会などの付き添いにも行っています。先日も、アメリカで『SNK World Championship 2023』という大会があった際には、ハリウッドに数日間滞在していました。」
※1) SANWA GAMING CLUBとは?2019年、三和電子が設立したeスポーツのプロチーム。2024年4月の時点で、3名のプロゲーマーが所属している。格闘ゲームを得意とするプレイヤーが多く、国内はもちろん、世界大会においても輝かしい成績を残している。(参考:SANWA GAMING CLUBオフィシャルサイト)
あらゆるユーザーの声を元に商品開発を進める。SNSでのモニター募集も
三和電子は商品開発の段階で様々なユーザーからの声を集め、商品仕様に反映させています。ユーザーへの部品提供や、ゲームセンターへの設置協力などにより、アンケートを実施しているそうです。
ーー具体的にどういった方法でユーザーの声を集めるのでしょうか?
佐藤さん:「プロゲーマーの大会でのご縁がきっかけとなり、別のゲーミングチームから問い合わせやご要望をいただくこともあります。また、取引先のゲームセンターで、期間を設けてテストを依頼することもあります。販売前の最新モデルに触れられるということで、実はこういったテストには一定数の人気があります。」
佐藤さん:「SNSでもモニターを募集することがあります。先日Xでモニターを募集したところ、160人くらいの募集がありました。その時は抽選で30人の方に部品をお届けして、耐久性や使い心地について、正直な感想をSNSで自由に投稿してほしい、と情報提供をお願いしました。
使う人それぞれに使用感の好みがありますし、ゲームの種類によって求められる仕様も変わってきます。例えば、レバーをなめらかに回転させたいシーンもあれば、素早く2回入力したい場合もあるのです。
ボタンの良し悪しは数値で表せるものではありません。『使いやすい』『押し心地がクセになる』など、すごく感覚的なもので決まります。使用感のみを確かめたい場合は2週間ほど、温度変化や使い込んだ後の耐久性を確かめたいときは、半年近く使ってもらうことがありますね。」
ーー集まった声は商品開発に反映されることはあるのでしょうか?
佐藤さん:「すでにあるコンセプトに沿って開発が進んでいるため、抜本的に商品仕様が変わることはありません。大抵は仮説を検証するような場となっているのですが、稀にユーザーの意見が2つに別れることがあります。『カチカチ音と押し心地が良い』という意見と、『カチカチ音がうるさい』という声があった際は、結局2パターンの仕様を準備することにしました。最近は家族が寝てから隣の部屋などでゲームをしたい人も多く、カチカチ音がしにくい静音型のボタンが重宝されつつあるようです。」
標準ボタンと静音ボタンの音を収録したASMR動画を作成しました。白いボタンが標準ボタンで、黒いボタンが静音ボタンです。こちらもぜひご覧ください。
■標準ボタン
■静音ボタン
ゲームボタン業界の今後のカギとなるのは「推し活」と「eスポーツ」
ーーゲームセンターでゲームをする時代から、だんだんと家庭でゲームをする設備を整える人が多い時代に変わりつつあります。スマホゲームしかしたことがない世代も、今後は出てきそうです。そんな中、ゲームボタンをどのようなかたちで残していきたいですか?
佐藤さん:「私が若かった頃は、頭の中で1週間のテレビの番組表を記憶しているくらい、テレビが娯楽の大きな部分を占めていました。それだけではなく、考え方や、買い物の選択肢などにおいても、テレビから色々な影響を受けたと思います。しかし、最近は動画配信アプリとスマホがあれば、自分の好きなものだけ、好きな時間に見られるようになりました。
今は、自分が応援するインフルエンサーや配信者と同じ物を買いたい、使いたいという欲求によって物が動くような時代です。その中で、まずは影響力のある配信者などにゲームソフトを触ってもらい、ソフト自体のユーザーを増やし、若い人にゲームを純粋に楽しんでもらうことが一番大切だと思います。そして、そのゲームをより楽しむため、攻略するためには、色々な設備を揃えたくなる。その段階で、押し心地や、耐久性に優れたボタンを取り入れることによって、さらにゲームライフが楽しくなるようなきっかけを届けたいと思います。」
佐藤さん:「ゲームセンターが減少し、ボタンを使ってゲームをする機会は、若い人にとってあまり多くはなくなりました。現在、eスポーツの教育はまだまだ限定的ですので、今後eスポーツの教育機関などが充実し、ボタンを使うゲームのプレイ人口が増えたらいいなと思います。例えば格闘ゲームの場合、トップ層はゲームセンターで長年プレイしてきた人たちなので、これからゲームを始めようという初心者やプレイ歴の浅い人が勝ち進んでいくにはかなりの努力が必要です。ですので、小中学校の授業の一環としてeスポーツを取り入れるなどして、まずは誰もがeスポーツを気軽に楽しめるようになったら嬉しいですね。そうしたら、ゲームボタンの活躍の場は無限大だと思います。」
三和電子株式会社
三和電子株式会社公式X
編集後記
佐藤さんの、「一度はじめたら攻略するまで突き詰める」という姿勢が印象的な取材でした。それを象徴するエピソードが、「LINE:ディズニーツムツム」についてのお話です。ツムツムにハマっていた時代があったという佐藤さんは、グループチャットを使って意見交換や応援をし合える場所づくりをしました。気づいたらその場所の管理者のようになっていた佐藤さんは、配信ツールでいくつかのテクニックを紹介する動画を公開したそうです。その動画はなんと10万回も再生され、多くの人に届いたそうです。佐藤さんの他にも、三和電子にはゲーム好きの社員が多いそうです。生粋のゲーム好き集団によって作られる、こだわりが詰まったボタンにこれからも注目していきたいと思います。(ものづくり新聞記者 佐藤日向子)