日本のアトツギとファミリービジネス ー その歴史を紐解く(前編)

2023年05月17日 公開
ものづくり新聞編集長伊藤と、経営学と人文学による社会人教育に携わる奈良美代子さんが対談形式でものづくりの歴史を紐解く、シリーズ企画「日本の歴史から見る、ものづくりの心」。
第4回のこの記事では「未来志向の家業承継を考える」をテーマに、日本のものづくり業界に多いファミリー企業とその承継の由来をたどり、事業を未来につないでいくための承継について考えます。
 

日本はファミリー企業大国?!

 
伊藤:近年、中小企業、特に製造業の界隈では「アトツギ」というカタカナの表記と共に、事業承継の話題がホットトピックとなっています。
「家業〇〇」といった名前のイベントや取り組みが数多く企画されていますし、跡継ぎや家業を継ぐということに対してさまざまな支援やコミュニティがあり、アトツギ同志の交流が盛り上っている状況です。
私たちは一口に「家業」や「跡継ぎ」といいますが、これは日本特有のものなのか、海外にも「跡継ぎ」という考え方があるのであれば、おそらくそこには日本なりの特徴があるかと思います。
そこで今日は、日本の事業承継、特に家業の承継にはどのような特徴があるのかというのをお話しできたらと思います。そして本企画でもある歴史の視点からも、「アトツギ」について紐解けると面白いかなと思っています。
 
奈良:今、伊藤さんがおっしゃった「家業」「跡継ぎ」「事業承継」という3つが、今回のキーワードかなと思います。それらについて少し調べてみました。

事業承継

まずキーワードの1つ目「事業承継」。中小企業庁によると、日本全国の経営者の平均年齢は2020年には60歳を超え、後継者の不足や不在が事業承継や経営上の大きな課題となっているそうです。中小企業向け補助金・総合支援サイトの「ミラサポplus」によると、「事業承継」とは「会社の経営権を後継者に引き継ぐこと」であり、「引き継ぐもの」としては、「人と資産と知的財産の3つがあるとありました。
「ミラサポplus」マンガでわかる「事業承継」より
「ミラサポplus」マンガでわかる「事業承継」より
 
伊藤:資産知的財産の3つなんですね。
 
奈良:はい、この3つというのは経営の3要素である「ヒト、モノ、カネ」と同義だと思うのですが、人とは従業員やさまざまなステークホルダーであり、資産とはまさに企業が有する金銭や物質的な財産にあたります。
そして知的財産権というのは、製品を作ったりサービスを構築したりするノウハウであるのと同時に、提供価値とビジネスモデルといった事業そのものであり、それを成り立たせている企業の精神や理念といったものも含まれると考えられます。
ただ事業承継は、家業、つまりファミー企業やオーナー社長の企業に限った話ではなく、広く一般的な企業でも事業を後代につないでいくために行われるものです。
 
伊藤:たしかに事業承継は、家業に限った話ではないですよね。

家業

奈良:そして2つめのキーワードの「家業」です。今、家業を「ファミリー企業」あるいは「オーナー社長の企業」と言いましたが、ご存知のように「同族企業」「同族会社」「ファミリービジネス」といった言い方もします。
法人税法では同族会社を「会社の株主の3人以下、並びにこれらと特殊な関係にある個人や法人が議決権の50%超を保有している会社」と規定しているようで、この「特殊な関係にある個人」というのが、株主の親族(配偶者、六親等以内の血族、三親等以内の姻族)、株主と事実上婚姻関係にある者、株主の使用人、株主から受け取る金銭等で生計を立てている者と規定されています。(参考サイト
近年、ビジネススクールでは「ファミリービジネス」という分野が確立していますが、学術的な定義はないようで、研究者が研究目的に合わせて便宜的に定義しているようです。一般通念として、現社長もしくはその後継者に創業家出身の人がいるとか、筆頭株主が創業家であるといった意味合いで「ファミリー企業」「ファミリービジネス」という言葉を用いている状況になります。(参考記事
 
伊藤:そうすると、今回は一般通念としての「ファミリー企業」「ファミリービジネス」とその承継について、お話しをしていくことになりますね。
 
奈良:はい、そのように思っていただいて問題ないと思います。
ちなみに日本はファミリー企業大国としても知られています。2021年の総務省の調査では、日本には367万社の法人があり、このうち97%がファミリー企業です。上場企業約4000社のうち53%がファミリー企業と言われています。(総務省調査ファミリービジネスサーベイ2016上場企業サーチ
 
伊藤:上場企業でも約半数がファミリー企業とは驚きですね。

跡継ぎ

奈良:さらに3つ目のキーワード「跡継ぎです。伊藤さんがおっしゃったカタカナで「アトツギ」と調べてみると、「アトツギファースト」という団体がありました。そのWebサイトには「自分らしく家業を継ぎたい」「家業を成長させたい」「そんな未来志向のアトツギが集まる場所」とあり、アトツギの方々の交流や知見の交換、事業機会の創出などを支援しているようです。
アトツギファーストHPより https://atotsugi-1st.com/about
アトツギファーストHPより https://atotsugi-1st.com/about
 
そこではアトツギを「家業の永続にコミットし、社会に必要とされ続ける会社であるために、健全な危機感と野心を持って、実現したい未来に向かって挑戦を重ねる人」としていました。
 
この後でもお話ししますが、ファミリービジネスの事業承継では、家業を代々伝えてとにかく永続させること、そして社会に健全な価値を提供し続けること、そのためには「アントレプレナーシップ」、つまり起業家精神やリーダーシップを持って、リスクを負いながらも新たなチャレンジをし続けていくこと、この3要素がとても重要になってきます。
アトツギファーストのこの定義にはその3要素が集約されていて、とてもよく考えられた定義だと思いました。
 
伊藤:なるほど、本来の「跡継ぎ」は単に「継ぐ人」という意味合いだったと思いますが、このカタカナの「アトツギ」には、ファミリービジネスの事業承継に必要な要素が、きちんと盛り込まれているわけですね。
 
奈良:今年4月にトヨタ自動車では新たな社長が就任しました。今回は創業家の豊田の出身ではない方が就任されました。トヨタは日本のファミリービジネスの代表例のような存在ではありますが、ご存知のように途中には創業家ではない方も就任されて、ある意味、創業家とそれを支える人たちがハイブリッドで代をつないでこられたわけです。(参考記事
日経XTECH記事より https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/mag/nmc/18/00126/
日経XTECH記事より https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/mag/nmc/18/00126/
今回社長から会長になられた豊田章男さんには30代前半の息子さんがいらっしゃり、今回の社長は、息子さんが社長に就任するまでの中継ぎだといったネガティヴな見方もあるようです。
たださきほども言いましたように、日本のファミリービジネスはとにかく続けていくということに価値を置いていますので、何らかの理由で血の繋がりによる世代交代が難しい場合は、そこに伝わる精神を継いでいく形で創業家ではない人による跡継ぎを重視したことが、歴史の中からも見えてくると思っています。
 

世界的なファミリー企業に共通する3つの要素

伊藤:ここからは、世界のファミリービジネスと事業承継との違いなどについて、考えていきたいと思います。
今回、奈良さんが注目されたのは、スイスのビジネススクールIMD(International Institute for Management Development)が取り組んでいるファミリービジネスアワードでした。
 
奈良:ファミリービジネスアワードとは、IMDが1996年から毎年、グローバルに事業展開するファミリー企業のベストプラクティスを選出して授与している賞です。
 
伊藤:レゴやエルメスなど、私たちも知っている世界的に有名な企業が受賞していますね。
 
奈良:はい、ヨーロッパだけではなくアジア、北南米の国々の企業も受賞しています。2008年には日本からも矢崎総業という企業が受賞しています。
 
伊藤:自動車部品用のワイヤーハーネスを製造している企業ですね。日本の企業が受賞していると聞くと、元気と勇気が湧いてきますよね。
 
奈良:本当にそうですよね。このファミリービジネスアワードは、3代以上にわたって事業を所有し経営し続けていること、長期的に安定した収益があること、グローバルに事業展開していること、ESG的な観点から社会貢献していることなど、7つの条件に基づいて、ファミリー企業がエントリーされます。(参考書籍
 
受賞した企業が評価されたポイントを眺めていると、共通の傾向というか特徴があることに気がつきました。
その特徴というのは、
  • オーナー一族の強い結束
  • 事業やガバナンスへの関わりを明文化したファミリー憲章や長期にわたる計画的な事業承継のプランが存在すること
  • そしてさきほど「アトツギ」のところでもお話しした起業家精神がしかるべきときに発揮されていること
です。
もちろんその他の要素もそれぞれにあるのですが、この3つだけは必ずどの企業にもありました。
 
伊藤:なるほど。そもそもIMDはなぜファミリービジネス、ファミリー企業に注目しているのでしょうか?世の中にはグローバルに展開し、長期的に安定的に収益をあげている企業はファミリー企業以外にもたくさんある中で、どうしてファミリービジネス、ファミリー企業なのでしょうか?
 
奈良:1980年代に入って、欧米ではファミリービジネスが経営学の領域で研究対象になりました。ファミリー企業は、世界的に事業展開する歴史ある大企業が多いにもかかわらず、身内のことをオープンにしたがらない特性から、そのメカニズムが長年解明されてきませんでした。そのメカニズムを解明しようという動きがあったようです。(参考書籍
同時に実業界では、ファミリー企業に限らず中小企業の事業承継が課題となっていたようで、主に現在のEU加盟国では事業承継を第二の創業と位置づけて、1990年代半ばから事業承継の情報交換を行なうとともに、 政策での支援が始まったようです。(参考論文
IMDのファミリービジネスアワードは1996年から始まっていますので、ファミリービジネスに関する学術的な動きと、EU加盟国での実業での事業承継支援の動きと連動して、IMDは研究活動を行なってきたのではないかと考えています。
 

ファミリー企業アンケートから見る、日本と海外の違い

伊藤:IMDの取り組みにはそういう経緯や背景があったのですね。
海外のファミリービジネスの特徴や強み、研究の経緯については、イメージが湧いてきました。日本のファミリービジネスやその事業承継とは、どのような違いがあるのでしょうか。
 
奈良:コンサルティング会社のPwCが世界のファミリー企業に毎年アンケートを実施しています。毎年違ったテーマでのアンケートなので、必ずしも同じ項目や評価ではないのですが、2016年のレポートでは日本法人のPwCが中心となり、日本のファミリー企業とグローバルのファミリー企業とでは、どのような違いがあるのかを報告しています。
 
伊藤:それは興味深いですね。
 

グローバルは事前に計画と準備を進める

奈良:「事業承継について計画があるか」という質問に対して、日本もグローバルも55%前後の企業が「ある」と答えているのですが、「その計画を実行するための準備として計画を文書化し、周知しているか」という質問に対しては、「している」と回答したのは日本が2%、グローバルが15%という違いがありました。
 
伊藤:この違いで言えることは、グローバルは事業承継について事前に計画と準備を進め、次はこの人なんだなとステークホルダーにも知ってもらい、安心しながら仕事をしてもらう。でも日本は、社長さんの頭の中には後継者や承継の考えはあるものの、他者に分かるような形で示されていないので、ステークホルダーたちもモヤモヤしているというか。
 
奈良:そうだと思います。日本のファミリー企業の社長さんはいろいろなことをひとりで意思決定してここまできたと思いますので、後継者選びや事業承継についてもひとりで考えることが多く、いまさら他者と相談して決めたり進めたりするという思考にはなりにくいのかもしれません。
 
一方、さきほどIMDの受賞企業には共通して、承継に関する長期的な計画があるとお伝えしましたが、この調査でも、グルーバルのファミリー企業には計画があり、それを実行するための準備をステークホルダーにも分かる形で進めている、あるいはそのような準備が必要だと認識していると言えます。
 
伊藤:そのほかはいかがでしょうか?
 
奈良:今後5年間の変化として、「事業承継の計画において、経営を次世代に引き継ぐ」と回答したのは日本は45%、グローバルは35%、「所有を次世代に引き継ぎ、経営の専門家を招き入れる」と回答したのは日本は20%、グローバルは34%という結果でした。
 

経営と株式を分離するグローバル

これは何を示しているのかというと、経営と株式の所有を一体のものとして考える日本と、分離して考えるグローバルの違いを表しています。日本のファミリー企業では、経営を引き継ぐことは、株式の所有も業務の執行も引き継ぐことであるのに対して、グローバルでは、株式の所有は引き継いで議決権は保持するものの、業務の執行自体は経営の専門家が行なうという考えです。
 
そして「親族間の紛争に対応するために実施している手順・仕組みを整備しているか」という質問に対して、「している」と回答したのは日本が45%、グローバルが82%というのも大きな違いかと思います。
 
グローバルが82%というのは、IMDの受賞企業の共通点にあったファミリー憲章の制定に通じるかと思います。ファミリーが事業を通じてどのような価値を社会に提供し続け、事業やガバナンスにどのように関与するのかを取り決めたファミリー憲章のなかで、親族間の紛争に関しても対応の取り決めがあると考えられます。
 
伊藤:とすると、ファミリービジネスの3要素である経営(経営業務の執行者)と所有(株主)と家族(創業家、オーナー一族)が、三位一体となっているのが日本で、所有と家族が重なり、経営がそこから分離しているのがグローバルということですね。
おそらくどちらが良い悪いではなく、環境の変化によって、3つの要素の重なり具合も変化していくということですね。
 

長寿企業が多いファミリー企業

奈良:ちなみにファミリー企業というのは、世界的に見も長寿企業が多いと言われています。さきほど日本の全法人数367万社と言いましたが、このうち3.3万社が100年以上継続している長寿企業と言われていて、やはりこのうちの9割がファミリー企業なんだそうです。(総務省調査世界の長寿企業ランキング参考記事
フランスにはエノキアン協会という創業200年を超える老舗のみが加盟を許される団体があります。40社の加盟のうち5社が日本企業で、和菓子の「虎屋」、石川県旅館の「法師」、お酒の「月桂冠」、名古屋の「岡谷鋼機」、伊勢名物の「赤福」が加盟しています。
エノキアン協会HPより https://www.henokiens.com/index_gb.php
エノキアン協会HPより https://www.henokiens.com/index_gb.php
こちらの加盟の条件もやはり200年以上の歴史があるのと同時に、ファミリー企業であることを挙げています。
 
伊藤:そういう協会があるのですね、しかも5社も日本から加盟しているとは。ファミリー企業が長寿であるというのには何か理由があるのでしょうか?
 
奈良:様々な要素はあると思いますが、特に日本の場合、家業=「家」であり、「家」を永続させていくための工夫がいろいろあったと考えられます。
 

後編へ続く

ファミリー企業の承継の源流は、「家」と世襲
三井を財閥にまで押し上げたファミリー憲章
 

対談メンバー紹介

ものづくり新聞 編集長 伊藤宗寿 「あらゆる人がものづくりを通して好奇心と喜びでワクワクし続ける社会の実現」をビジョンに活動する製造業向けインタビューメディア「ものづくり新聞」編集長。早稲田大学理工学研究科にてネズミ型ロボット研究テーマを立ち上げた後、電通国際情報サービス、イメーション、ミスミ、シンラ・テクノロジー・ジャパン、Mozilla Japanを経て現職。主に製造業の業務改革、DX/IT化プロジェクト推進、販売促進支援などが専門。
奈良美代子 グロービス経営大学院大学にて制度設計、カリキュラム・科目開発、リーダー育成などに従事。2018年よりフリーランスとして活動。経営学と人文学(主に日本文学・文化)の知を綜合した社会人教育、企業研修の開発を手がける。
 
 
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