手を合わせて誰かを想う時間を残していくために。仏具×植物で都会に癒しを届ける「わびさびポット®」とは?

2024年8月28日 公開
小雨が降る蒸し暑い7月下旬。
編集部が向かったのは、東京都渋谷区にある、こちらの個性的な建物。
和歌山県のホテル川久などで知られている、建築家の永田 祐三(ながた ゆうぞう)さんが手がけた旧三基商事東京本部第1ビルです。モチーフになっているのは、メキシコにあるマヤ文明の古代遺跡、ウシュマル。
角を曲がってこの建物が目に入ったとき、ここは本当に日本なのだろうか?と錯覚するほど、異国感と不思議な存在感を放っていました。
かつてこの建物は、ミキプルーンでお馴染みの三基商事株式会社の東京支社として使われていました。(三基商事の東京支社は2022年8月に移転)取材時には、アトリエや展示スペースなどとして活用されていたようです。
 
この建物の7階、 P/OP SHIBUYA(ポップ シブヤ)で開催されていたのが、株式会社ハシモト清 主催の企画展「不易と流行」です。
提供元:株式会社ハシモト清
提供元:株式会社ハシモト清
 
企画展「不易と流行」について
“新しいのに、懐かしい。仏具を通して心地のいい暮らしの所作を探求する”#SilenceLAB(サイレンスラボ)が、各業界で「心地のいい暮らしの所作を探求する」ブランドと共同で開催する、作品の展示・販売とトークセッション(公開ラジオ収録)を兼ねた企画展です。(PRtimes より引用)
 
株式会社ハシモト清は、富山県高岡市にある、1945年創業の仏具問屋。そしてこの企画展の生みの親が、ハシモト清 3代目社長の橋本 卓尚(はしもと たかひさ)さんです。
提供元:株式会社ハシモト清
提供元:株式会社ハシモト清
 
問屋として、作り手の思いを買い手や売り手に伝達し、届けています。原型制作から鋳造、塗装、彫金などの生産工程から、伝統着色や、彫金、螺鈿、蒔絵などの加工まで幅広く関わり、サイズや用途が様々ある仏具を手掛けます。
木製の「手元供養台 信 makoto」と、手前左から「ミニまる仏具」、「Simple Rin」、「真鍮製骨壺 玉慈」(提供元:株式会社ハシモト清)
木製の「手元供養台 信 makoto」と、手前左から「ミニまる仏具」、「Simple Rin」、「真鍮製骨壺 玉慈」(提供元:株式会社ハシモト清)
 
最近では、現代の暮らしに寄り添う、コンパクトでモダンなデザインの現代仏具やミニ骨壷も生み出しています。それだけではなく、縮小傾向にある仏具業界に突破口を開くべく、2020年から仏具をもっと多くの方に知ってもらう活動にも力を入れています。
 
企画展にお邪魔した数日後、改めてお話の機会をいただき、今回の企画展にかける思いや、実現までの道のりなどを伺いました。
 

地元の仲間たちが東京に駆けつけ、支えてくれた初めて尽くしの企画展

ーーイベントの際はありがとうございました。お香のいい香りがして、居心地の良い空間でした。富山からこのために東京に応援に駆けつけてくれた方などもいて、賑わっていましたね!
橋本さん:「ありがとうございました。バタバタしていて、後から知ったのですが、地元企業の方々や知り合いがお手伝いしてくださっていたようで、ありがたかったです。」
 
ーー去年高岡市で取材した際にも感じたのですが、高岡にはアットホームで親切な方が多いですよね。また高岡に行きたくなりました。それでは早速、今回の企画展について色々お聞きしたいのですが、このイベントはいつ頃から準備を進められていたのでしょうか?
橋本さん:「本格的な準備として、会場の手配やラジオ収録にご協力いただく方への依頼をしはじめたのは2024年5月ごろだったのですが、2023年11月ごろから自社ブランドの再構築をしたいね、という話はしていました。」
 
ーー約2ヶ月間でイベントの具体的な内容が決まり、スピード感のある準備期間に思えたのですが、構想自体は昨年から練られていたのですね。過去にもこういった企画展は実施されていたのですか?
橋本さん:「富山県や周辺地域で展示をしたり、イベントに出展したりしたことはありましたが、今回のような他社とのコラボレーションによって実現した展示販売や、公開ラジオ収録という内容では初めての挑戦でした。そして東京で開催するイベントというのも、今回が初めてでした。」
 
ーーそうだったのですね。ぜひその実施に至った背景を教えてください!
 

コロナ禍に立ち上げた自社ブランドの歩み

橋本さんの自宅では、なんと600以上の植物が飼育されています。水やりだけでも2時間近くかかるのだとか。
橋本さんの自宅では、なんと600以上の植物が飼育されています。水やりだけでも2時間近くかかるのだとか。
ーーまず、このイベントに登場した自社ブランドについて教えてください。
橋本さん:「2020年から、#SilenceLAB(サイレンスラボ)という名前で、仏具を新たなマーケットで多くの方に知っていただく活動をしています。過去に生産された仏具や、それに施された技巧を残し、倉庫に眠っている仏具を市場に戻すためにどんなことできるか?ということを探求しています。
 
高岡で生まれる仏具の多くは、金属(主に真鍮)で作られています。元々仏具は香炉、火立、おりんなどが1セットとしてまとめて販売されるため、香炉単体で倉庫に残ってしまった場合、それを仏具として市場に戻すのはとても難しくなってしまいます。
 
そのデッドストックの再利用の方法として、金属を溶かすという選択肢もありますが、私は仏具を仏具のまま残し、そこに施された職人技とともに、仏具に関わる習慣や文化を残したいという思いで、こういった探求の場を設けています。
 
その探求の場の中で生まれたプロダクトが、わびさびポット® (以下 わびさびポット)です。仏具の一つである、お線香を立てるために使われる香炉を植物鉢として再利用し、私が大切に育てた植物との見た目の相性を考えて、セットで販売しています。
 
心地のいい暮らしの所作や、倉庫に残された仏具を市場に戻す方法について、答えは一つではないし、すぐには見つからないかもしれないけれど、みんなで考えてみることが大事だと思っています。
 
ーーわびさびポットはどういったところで販売されているのですか?
橋本さん:「これまでは、富山県を中心にボタニカルフェアやクラフトフェアなどに出店し、販売していました。自社ブランドを北陸以外の地域で発信することはほとんどありませんでした。」
 
ーーそんななか東京でのイベントを初めて企画されたのは、これまでの出店での経験や学びが活かされた結果なのでしょうか?
橋本さん:「過去に植物関連のイベントに出店した際には、他の植物と価格を比較されてしまうということがよくありました。もちろん、仏具を植物鉢として使用し、そこには着色職人による加工も施されているので、植物単体の価格以上のものになります。
 
そこで、ブランドの価値観に共感してくださった方に見ていただけるような、植物の業界から少し離れた場所にプロダクトを置いてみることによって、全く違う見え方になるのではないか?というふうに考えたんです。ですので、今回どんな方に、どういった反応をもらえるのだろうか?というところが一番気になっていました。」
 

都市の忙しい日々に、ゆったりとした時間の流れを作りたい

ーーこのイベントの目的としては、東京の人たちに訴求したいという思いも大きかったのでしょうか?
橋本さん:「そうですね。元々会場は東京で、と決めていた中で、今回ありがたいことに、アップサイクル家具の制作・販売などを行う株式会社家’s (イエス) の伊藤 昌徳(いとう まさのり)さんのギャラリーをお借りできることになり、企画展が実現しました。
 
わびさびポットは、元々30-40代の男性に人気があり、なかでもデザイナーなどのクリエイティブなお仕事をされている方に支持されていました。ですが、なかなか県外の方にプロダクトを見てもらえる機会はなかったので、東京周辺に住んでいる方からのご意見を聞く場としても考えていました。」
 
ーーわびさびポットが椅子やタンスなどの家具と一緒に置いてあることによって、より日常のシーンを想像しやすい展示になっていました。椅子に座って、わびさびポットと共にある日常の一部を体験できるスポットも準備されていましたよね?
橋本さん:「はい、座ってひと息つけるような場所を設けて、来場者の方に『東京のど真ん中で休憩しませんか?』とお声かけしました。椅子に座ってお香を焚いていただいて、いろいろな話がゆっくりできたので、平日を含めて長く開催してよかったと感じました。
 
忙しい毎日の中でホッとひと息つく時間。植物の面倒を見たりお香を焚いたりするような『心地の良い所作』を感じていただけるきっかけになれたらと思います。」
 

来場者からのさまざまな反応が今後の励みに

寺院用の香炉が使用された大きめのわびさびポットも展示されていました。
寺院用の香炉が使用された大きめのわびさびポットも展示されていました。
ーー来場者から感想を聞く機会も多かったかと思いますが、その中でも特に印象的だったものはありますか?
橋本さん:「『言われないと仏具だとわからない』と言われたのは結構驚きました。仏具問屋を営む自分にとって、それは仏具にしか見えていないわけですが、それが見せ方にも色々な工夫ができそうだと気づくきっかけになったんです。
 
また、同じ業界の人にとっては、セットで販売されるはずの仏具のうちの一つが単体でこういうふうに展示されているのが意外だったそうです。でも、『こうやって展示されていると単体でもかっこいいね』と言ってもらえて嬉しかったです。
 
試作段階の新商品に興味を持ってくれた方も多く、この展示がきっかけで初めて植物を育ててみようと思ってくれた方もいて、そういった反応からも手応えを感じました。」
 

工場と作り手の名前を記載し、一点ものの作品であることを証明するもの

ーー会場で見つけた「Certificate of Authenticity(サーティフィケイト オブ オーセンティシティ)訳: 真正性証明書」というものが気になっていました。こちらはどういったものなのでしょうか?
橋本さん:「これは、そのわびさびポット #SilenceLABの作品だということを証明するものです。仏具が生まれた鋳造工場、そして着色を担当した職人や着色所の名前を一つ一つ記載しています。」
 
ーー量産品ではなく、それぞれ一点ものということで、受け取った側がどこでどのように、誰の手によって作られたのか知ることができるのは、とても素敵だと思います。英語で書かれているというのは、海外の方向けに作ったということでしょうか?
橋本さん:「このプロダクトは海外の方がウケがいいんじゃないか、というのはずっと周りの方にも言われていて、実際にこれから海外進出に力を入れていきたい気持ちはあります。
でも、遠い場所へ植物を運ぶことや、越境ECに挑戦すること、背景をしっかり伝えた上で販売をすることは、段階を踏んでからでないと難しいのかなという気もしています。
今は、既に海外進出をされた方々からそれぞれの国や展示会での経験を聞いて勉強しているところです。本格的に参入する前に、まずは海外の展示会に挑戦してみたいと思っています。」
 

仏具との接点づくり

ーーこの企画展について、同業者の方や取引先の方からはどういった反応をされていましたか?
橋本さん:「企画展での出来事は、富山に帰ってきてすぐに同業者に共有しました。同じ内容を複数の方に話しているので、何度も何度も繰り返して話し方が上手くなってきている気がします(笑)。仏具を植物鉢として販売すること自体、同業者の8割くらいは支持してくれますが、残りの2割くらいからは批判的な意見をいただくこともあります。
 
確かに、短期的な視点では、『仏具はセットで売れなければ意味がない。売り上げが立たない』と考えるのはその通りだと思います。しかし、長い目で見れば、仏具を使わない人々に向けて仏具との接点づくりや習慣の発信や提案を続けていかなければ、そもそも仏具業界そのものが先細りしてしまう、と思うんです。」
 

「手を合わせて、誰かを想う時間」と仏具を一緒に未来に残していきたい

新商品の試作品も展示されていました。販売前でしたが、「欲しい!」という声が多かったのだそうです。
新商品の試作品も展示されていました。販売前でしたが、「欲しい!」という声が多かったのだそうです。
ーー手を合わせて何かを想う時間って、少なくなりましたよね。強いて言うなら、年始の初詣の時くらいでしょうか。
 
橋本さん:「そうですね。初詣は信仰心に関係なく、習慣やイベントとして残っている感じがします。私は自宅に仏壇があるので、仏壇の前で手を合わせる機会もよくあります。今回の企画展が始まる前にも、仏壇の前で『じいちゃん、ばあちゃん、頼んだよ』と手を合わせ、『企画展が成功して無事に帰って来られますように』と祈りました。
 
仏間や神社で手を合わせ、『こうなってほしい』、『こうありたい』と祈る。それって結局自分の気持ちの問題なのですが、想いを馳せる時間があることによって、それが安心や癒しになったり、切り替えができたりするので、意味のある行為だと思います。
 
最近は仏間のない家も増えましたし、そういった住空間の変化に合わせて、仏具自体も小型化されたりデザインが変わってきたりしています。
 
前提としてはもちろん宗派の問題などはありますが、そういった時代の変化を考えると、仏具一式を買い揃え、正統な方法で仏間を作るということだけがただ一つの正解というわけでもない気がします。
 
植物鉢の隣に、小さな香炉をお香立てとしてまずは置いてみる。気がついたら、故人との思い出の写真やお菓子のお供えが置かれはじめて、そこに手を合わせるための場所と時間が生まれる。故人のことを想い、だんだん他の仏具を買い揃えてみようと思う。大切な一つのプロダクトが起点となって新しい習慣が生まれ、そこに仏具が後から揃っていく。例えばですが、そんな順番があってもいいと思うんです。」
 
 
 
 
 
わびさびポット® by #SilenceLab 公式Instagram
 
※わびさびポットは株式会社ハシモト清の登録商標です。
 
 

編集後記

橋本さんとの出会いは、2023年11月に富山県高岡市で開催された、ツギノテというクラフトフェアでした。その出展ブースで見たわびさびポットも、会場となった立体駐車場の一角で日光に照らされていて素敵でした。でも、今回この会場で見たわびさびポットは、渋谷にある個性的な建物という立地や、一緒に展示されているアップサイクル家具との相性がそうさせたのか、一層かっこよく、洗練されたものに見えました。今後、自社ブランドをより高付加価値なものとして発信していくために、あるべき姿や発信したいことへのブレない軸を持つことと同時に、その実現のためであれば臨機応変に変化し続け、新たなことに挑戦していける姿勢を持つ大切さを感じました。
(ものづくり新聞記者 佐藤日向子)
 
 
 

わびさびポットと出会えるイベントのご案内

 
● 高岡クラフト市場街
日程:2024年9月21〜23日
 
● クラフトフェア ツギノテ
日程:2024年10月19〜20日
 
 

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