伊万里・有田焼のものづくりを東京で体感。「ジバニイキル」潜入レポート
2024年11月7日 公開
今回編集部が向かったのは、東京都港区南青山です。2024年9月19日〜21日に「ジバニイキル」という伊万里・有田焼のイベントが開催されていました。
ジバニイキルとは、今回が初開催の伊万里・有田焼の展示・体験・対話イベントです。全国の伝統産業の産地を取り巻く状況は年々厳しくなっているなか、佐賀県有田町周辺地域の伝統産業である有田焼の魅力や、ものづくりをいかに伝え、今後どのように生き残っていくのか。有田焼産業に関わる各業種の人たちが、自らの言葉で語り、その場にいる人々がこれからの産業のあり方とその継承について考えられるようになっています。(参考:ジバニイキル公式サイト)
まず、会場の一階は主に有田焼の製造会社である窯元13社のそれぞれの技術や思いが伝わる展示と、有田焼の製造工程が学べる展示、磁器製の金魚の展示などがありました。
そして会場の二階には、主に商社の産地における役割や商品開発のプロセスの一部がわかる展示や、商品が購入できるスペースなどがありました。
今回、有田焼の魅力と発見が盛りだくさんの会場の中で、3つのことを厳選してご紹介します!
(1)20年後の産地を有田焼、美濃焼産地の関係者で考える、トークセッション
(2)職人が焼成困難なアートピースに挑戦。40個の磁器製の金魚の展示
(3)有田焼職人が日常をSNSで共同発信。有田に行ってみたくなるトークセッション
(1)有田焼と美濃焼のものづくり企業と商社が集結したトークセッション「伝トーク」
会場では、伝トークというトーク番組の公開収録が行われていました。伝トークとは、有田町のケーブルテレビの番組として令和2年から毎年開催されているトーク番組です。産地の抱える問題を考える場や、若手の有田焼の担い手が自分の意見を発言する場を設けることが主な目的です。(参考:ジバニイキル公式サイト)
今回で5回目となる伝トーク。このジバニイキルというイベントの企画のきっかけとなったのも、実はこの伝トークという番組でした。初めての東京での収録となった今回は、特別に岐阜県美濃焼産地の商社の株式会社井澤コーポレーションの井澤秀哉(いざわ ひでや)さん、窯元の株式会社 カネコ小兵製陶所の伊藤祐輝(いとう ゆうき)さんもお呼びし、美濃焼と有田焼のそれぞれの特徴や、事業規模の違いも交えながら、収録がはじまりました。
産地という垣根を超えたアツいディスカッションが進み、あっという間に1時間が経っていました。今回は「20年後の産地の姿」という一つのお題についてのみのお話でしたが、もっと様々なお題について、業種や産地の異なる皆さんの考えを聞いてみたくなりました。収録後はテレビで放映され、有田ケーブル・ネットワークのYouTubeチャンネルでも動画が公開されます。
(2)窯元の職人たちが焼成困難な造形のアートピースに挑んで制作した、世界に一つの磁器製の金魚「ARITA 磁金」
次にご紹介したいのが、全40個の磁器製の金魚「ARITA磁金」が並ぶ、こちらのブースです。2種類の金魚の共通の型を使用して作られているそうなのですが、絵付や彫刻などの多様な技法によるそれぞれの窯元の個性ある装飾に目を奪われます。よく見ると、顔つきや表情が若干違うようにも見えます。
普段はこういった複雑な造形の焼きものを扱うことがほとんどない窯元にとって、これらの金魚はまさに努力の結晶です。ここに並んでいるのは40体ほどですが、磨きや焼きの工程で壊れてしまった金魚はもっとたくさんあるのだとか。
そもそも、一般的な焼きものは、たい焼きやベビーカステラが焼かれるときのように、2つの面を持つ型が合わさって形にできるような、シンプルな造形でデザインされていることが多いです。複雑な形状のものを作る場合は、いくつかのパーツを別々に作り、焼き上げる前の生地の段階で接着することがあります。
そのため、こういった金魚を磁器で作るには、複数のパーツが必要になります。また、複雑な形状をしているので、生地の仕上げ、釉薬を掛ける工程や焼き方にはいつも以上に神経を使うようになります。
窯で焼く際には、金魚単体をそのまま入れるわけではありません。形が歪むことや、釉薬が溶け落ち、金魚を置いた棚板にくっついてしまうのを防ぐために、下の部分に穴を開け、その穴に「ハマ」という道具を差し込んで金魚を支えて窯に入れます。
そのように細心の注意を払って窯に入れたとしても、普段扱っているものとは違う形状において、重心のバランスを取るのが難しく、残念ながら倒れてしまったり、釉薬や生地の厚みの差による力の均衡がとれず、窯の中で爆発してしまう金魚もあったのだそうです…。
そういったお話を伺った後に、改めて飾られている40体の金魚を見ると、そこに展示されるまでに数々の工程を乗り越えてきた職人さんと、それぞれの金魚に拍手を送りたくなりました。
「ARITA磁金」は、13社それぞれが自社の得意とする表現や技術を魅せる作品を作り、有田焼の表現の多様性を紹介できる展示となりました。有田焼の高度な技術と表現の多様性だけではなく、職人から直接制作途中の金魚を見せてもらうことで、製造工程のこと、窯元の職人のことを知るきっかけにもなっていました。
(3)窯元13社で共同運営するインスタグラムの投稿から見る窯元の日常
有田焼の商社2社と窯元2社の4名によって繰り広げられたトークセッションでは、窯元13社で共同運営されているNEXTRAD(ネクストラッド)のインスタグラムアカウントの過去の投稿を投影されていました。
NEXTRADは、佐賀県 伊万里市と有田町の窯元の若手経営者及び後継者などで結成したチームです。2022年からGo forward というオープンファクトリー・製造体験展示イベントを主催しているほか、インスタグラムでリレー形式でそれぞれの取り組みなどを発信しています。
彼らは、NEXTRADのメンバー間だけではなく、産地内外の窯業関係者とも密に関わっています。有田焼産業における持続可能な未来のために、経営者や職人としての任務を果たす傍ら、日々発信活動をしています。(参考:NEXTRAD)
過去には「職人の手」や「窯道具」といったテーマで投稿がされていました。リレー形式の投稿ということで、暗黙の了解で13人が互いの内容に被らないように、先に投稿した人と重複しないように投稿内容を考えているそうです。
互いの投稿内容は実際に投稿されて初めて見るらしく、メンバーの意外な一面を知るきっかけにもなっているのだとか。一人で365日分の投稿を考えるのは骨が折れますが、テーマが定められた上で、月に一回ほどの投稿であれば継続ができそうです。
商社の方々も工場の中に入る機会があり、一部見聞きしたことのある道具や工場の内情が投稿されていたようですが、なかには、初めて見る道具などもあったようです。投稿を投影しながら、そういった道具について窯元の2人が説明する形でトークセッションが進んでいきました。
また、過去のテーマで「有田のおすすめ観光スポット」についても投稿されていました。それぞれの名所が人気スポットなのか、割とニッチで誰にも知られていないスポットなのかについて登壇者たちのそれぞれの意見を聞くことができ、有田に実際に行ったことがない人にとっては、旅行した際の周り方を想像しながら聞ける楽しいトークセッションだったのではないでしょうか。
2024年10月は、「愛用品」をテーマに投稿されています。様々な人の愛用品となるものを作る職人たちの愛用品とは一体どんなものなのか、ぜひ投稿をご覧ください。
地場に生きる(ジバニイキル)とは、地場から離れず、地場を超えないものづくりをしていくこと
今回のイベントの名前にもなった「ジバニイキル」という言葉にはどういった意味が込められているのでしょうか?そこには、有田焼をどう定義するか?のヒントも隠されています。
九州陶磁文化館・鈴木由紀夫館長からの問題提起によると、有田焼の目指す方向は、工業品を作る「地場から離れる」状態でもなく、美術品を作る「地場を超える」状態でもない、あくまで有田町周辺地域でのものづくりを、現地の原料によって、地域の人々が担っていく「地場に生きる」という状態なのだそうです。
工業品を大量に作り、販売するにあたり、その拠点、原料、担い手は、その生産効率やコストのことを考えたら、いずれ日本の別の場所や海外の工場に移転する可能性があります。事業規模が拡大するにつれて、そのビジネスモデルにふさわしい場所や方法に自然とシフトしていくからです。それが、地場から離れるということです。
逆に、美術品は少量で多様なものづくりではありますが、その世界で注目されるのは、「有田焼」というカテゴリーを飛び越えた、一人一人の作家の美術的感性や独創性。それに比べて、所在地はどこで、どんな原料で作られたということは、この中ではあまり重要視されないのかもしれません。それが、地場を超えるということです。
焼きものの業界において、このような2つの時代の流れがある一方で、その両方に流されることなく、あくまでその地でのものづくりにこだわって、続けていく。そのための人材育成や技術継承をしていき、最終的には持続可能な産地を目指していくというのが一つの方向性として提起されていました。
佐賀県有田町で有田焼産業に関わる人々が、今後も地場に生きるという状態を続けていく。そのためには、まずはこれまでの有田でのものづくりとそこでの生き方を、東京に出てきて、自分たちの言葉で発信しなければならない。そして、その延長上には有田のこれからを応援したい、一緒に盛り上げていきたいと思う人々との出会いや、その人たちと実際に有田焼産業をさらに盛り上げていく未来がある。このイベントが東京で開催されたのには、そういった大きな意味が込められているようでした。
ジバニイキル 公式サイト
編集後記
磁器製の金魚の展示だけでも一つのイベントになると思ったくらい、見るものが盛りだくさんの会場で、とてもワクワクしました。金魚や、自社の展示ブースの前で、その展示物の作者・考案者から直接お話が聞けるという、とても贅沢な場所でした。技巧を凝らしたアートピース、他産地とのトークセッション、産地間の異なる業種が集うトークセッションなど、あらゆる角度から有田焼を学び、産地の可能性と有田焼の奥深さを感じた一日でした。(ものづくり新聞記者 佐藤日向子)
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