“Oriiブルー”で建築物に深みと彩りをもたらす職人。釣り人が地元にUターンして見つけた高岡の魅力とは?

2023年11月30日 公開
 
富山県高岡市は、高岡漆器、高岡銅器、高岡仏壇など複数の工房が集まる産地として有名です。そしてこの高岡の伝統産業を支えるキーとなるのが「高岡伝統産業青年会」と呼ばれる団体の存在です。
 
高岡伝統産業青年会(通称 高岡伝産:以下 伝産)は、高岡市の職人や問屋が集まる団体で、今年(2023年)創設50周年を迎えました。元々は地元の職人がメインの集まりでしたが、職人の人柄や技術力に魅力を感じた人が他の街から移住したり、地元の人が自分の専門分野で活動してくれたりという動きもあり、近年ではメンバーの顔ぶれも多彩になりました。卒会制度があり、40歳までの人だけが参加できる、高岡の熱い若者が集まる団体です。
 
彼らが本業を続けながら同時に伝産での活動に命を燃やすのは、高岡の伝統産業を、高岡という街を、ものづくりの産地としてさらに盛り上げるため。しかし、業界の縮小や安価な外国産の商品流入により、その高い技術力を生かせる場が減ってきています。この現状を打破するには、これまでの受注中心のものづくりだけではなく、新たな販路開拓や技術の開発など、新しいアクションを起こさないといけません。日々目の前の仕事をこなすだけではなく、長期的な視点で家業や、伝統産業、街のことを想う熱い人が、伝産にはいます。
(提供元:高岡伝統産業青年会)
(提供元:高岡伝統産業青年会)
 

モメンタムファクトリー・Orii/ 高岡伝統産業青年会 櫻野 祐一さん

今回は銅への着色技術でインテリア雑貨やアクセサリーなどを生み出す、モメンタムファクトリー・Orii(以下、Orii)で勤務をされている、高岡伝統産業青年会 副会長の櫻野 祐一(さくらの ゆういち)さんにお話を伺いました。
 
 
櫻野祐一さん
富山県高岡市出身。県外の大学で建築の勉強をしたのち、東京都の会社に就職。2012年にOriiに入社。着色師として銅器やブロンズ像などの着色を行うほか、着色した銅板を壁面材として使用する際の営業業務も行っている。2013年に伝産へ加入。趣味は釣り。富山湾ではアオリイカやキジハタも釣れる。
 

帰省中の釣りがきっかけで転職

「大学を卒業後は東京で就職をしたのですが、その頃の暮らしは朝の満員電車を除けば、すごく楽しかったです。いつも色々なイベントや出会いがあったし、美術館に行ったり、建築物や街並みを見に出かけたりするのも好きでした。たくさんのもので溢れていて刺激的だった反面、大好きな釣りにもっと頻繁に行けたらな、と思っていました。帰省中に友人にこの悩みを相談したところ、今私が働いているOriiの創業者で代表の折井宏司(おりい こうじ)を紹介してくれて、3人で釣りに行くことになりました。
その帰省していたくらいの時期に、Oriiでは着色事業をさらに拡大したい思いがあったので、建築資材の分野で自分の建築関連の知識を活かし、転職して担当できることになりました。」
(提供元:櫻野祐一さん)
(提供元:櫻野祐一さん)

Oriiブルーが生まれた数年後、建築分野への事業拡大へ

「高岡銅器の従事者や市場規模の減少を目の当たりにし、Oriiでは20年以上前からすでに下請けに頼らず事業を拡大する動きがあり、今のOriiブルー(斑紋ガス青銅色)もその頃に生まれたんです。」
(提供元:モメンタムファクトリー・Orii)
(提供元:モメンタムファクトリー・Orii)
 
「代表の折井が斑紋孔雀色を皮切りに、銅の深みを生かした様々な色を作り出しました。職人が銅板を一つ一つ手作業で着色するため、その風合いや色の出方は一点ものです。」
 
建材として銅板が使用された富山県民館美術館のエントランス(提供元:モメンタムファクトリー・Orii)
建材として銅板が使用された富山県民館美術館のエントランス(提供元:モメンタムファクトリー・Orii)
 
「建築資材に関わる事業としては、着色を施した薄い銅板を壁面材として使用し、住居やホテルなどの壁を彩るというものです。設置される場所や使用目的をはじめ、設計の方やオーナーの要望に合わせたお好みの色に調整することもあります。例えば、額縁に使われる際はメインの絵の邪魔にならないように控えめな色にしたりします。」
 
建材として銅板が使用されたTOYAMA CHITETSU HOTELのエントランス(提供元:モメンタムファクトリー・Orii)
建材として銅板が使用されたTOYAMA CHITETSU HOTELのエントランス提供元:モメンタムファクトリー・Orii
 
「定番色が12色あり、資材の色はそこから選んでもらうのが基本ですが、要望に合わせて色の微調整はできます。最近は自然に経年変化したような仕上がりや、偶然性を狙うような着色の要望も多くなりつつあります。そういった部分は担当の職人とすり合わせて、できる限り対応しています。」
定番色の色見本。櫻野さんの取材日の気分を表すカラーは左上のCOPPER PINK。日によって好きなカラーが変わるくらい、全ての色が大好きなんだそうです。(提供元:モメンタムファクトリー・Orii)
定番色の色見本。櫻野さんの取材日の気分を表すカラーは左上のCOPPER PINK。日によって好きなカラーが変わるくらい、全ての色が大好きなんだそうです。(提供元:モメンタムファクトリー・Orii
 

地元でものづくりに関する仕事、学んだことを生かせる仕事

「地元らしい仕事、というのと、ものづくりに関する仕事を希望して転職先を探していました。それに加えて建築の分野でお仕事の機会があったのはとても幸運でした。前職の企業は規模が大きすぎて全体像が掴めず、働きにくい部分もありました。だから、今の16人くらいの規模は円滑にコミュニケーションが取れるし、居心地がいいなと思いますね。」
着色の工程で銅板を熱している櫻野さん。モメンタムファクトリーOrii工房内にて。
着色の工程で銅板を熱している櫻野さん。モメンタムファクトリーOrii工房内にて。
「建築資材の営業に加えて、ブロンズ像の着色も担当しています。観音像のようなお寺関係のもの、アーティストの方のオブジェ、公園にあるような銅像などを着色します。硬化のために時間をあけないといけない工程もあるので、1工程進めたら別のブロンズ像の作業を進めたり、後輩の指導やデスクワークをしたりします。」

あえて全職人がお客さんと関わりを持つ体制にする理由

「現場の着色の人間もお客さんと関わった方が視野が広がっていいのではないか?という考えがOriiにあるので、どの従業員も最低一つは案件を担当しています。実際にお客さんから「これはできないの?」という意見をいただき、それが普段の業務に活かせる学びに繋がったり、自分の手で生まれたものを直接喜んでもらえたりする環境は従業員にとって、技術の向上だけでなく、モチベーションという面でもプラスなのではないかなと思います。」
 
「ショールームでの接客や、着色体験にも全員が関わるように役割分担しています。伝産が企画したイベントに出展する時の出展ブースの設営も若手職人に任せています。」
 
2023年のツギノテ出展ブースの設営を担当されたモメンタムファクトリーOrii製造部の關 悟(せき さとる)さん。インテリア雑貨などの商品の裏面などの仕上げ加工を担当されています。目立たない裏面の加工だけれど、着色工程を終えた商品を前工程の職人から大切に引き継ぐ気持ちで商品を扱っているんだとか。
2023年のツギノテ出展ブースの設営を担当されたモメンタムファクトリーOrii製造部の關 悟(せき さとる)さん。インテリア雑貨などの商品の裏面などの仕上げ加工を担当されています。目立たない裏面の加工だけれど、着色工程を終えた商品を前工程の職人から大切に引き継ぐ気持ちで商品を扱っているんだとか。

地元に戻ってから一年で伝産に入ったきっかけ

「代表の折井が40歳で伝産を卒会したときに、折井に同世代、同業種での他者との関わりを作ってほしいという思いもあったのか、そのタイミングで私が伝産に加入しました。Oriiの中で伝産に加入しているのは現在私だけです。地元の友達と遊ぶ以外にも伝産内で交流がたくさんあるので、入って良かったなと思います。伝産内でちょっとした情報交換や、必要なスキルを持った人を紹介し合ったりといったことができるので、仕事もしやすくなりました。」
稲を束ねた「ネゴボウキ」と呼ばれるもので熱した銅板に「おはぐろ」という米酢と鉄くずを混ぜて長期熟成された液を塗っている工程。最初のジュっという音と一緒に煙が上がるところは見ていてインパクトがありましたが、実際に色として定着しはじめるのは後半の煙が落ち着いてきたときからなんだそうです。
稲を束ねた「ネゴボウキ」と呼ばれるもので熱した銅板に「おはぐろ」という米酢と鉄くずを混ぜて長期熟成された液を塗っている工程。最初のジュっという音と一緒に煙が上がるところは見ていてインパクトがありましたが、実際に色として定着しはじめるのは後半の煙が落ち着いてきたときからなんだそうです。
 
「来年は私が伝産の会長になる予定です。一番は会員数が減っていて、理想とする動きが取りずらくなりそうということを懸念しています。そして、従業員の割合が増えているから、活動への参加の仕方や事業所への還元も検討要素だと感じています。
あとは、事務所の掃除ですね!結構汚いので、しなきゃしなきゃとずっと思っています(笑)。企業の従業員として、自分にとっても活動しやすい組織にすることが答えに近いと思っているので、役職が変わっても自分ごととして伝産と向き合うようにしたいですね。」
 

地元の伝統産業のド真ん中にいられること

「地元で生まれ育ち、東京で就職していたときは、高岡の伝統産業のことも、伝産のこともよく知りませんでした。知るきっかけも、中の人との関わりもなかったからかなと思います。転職をして地元に戻ってきて、今の仕事と伝産がきっかけで前よりも高岡のことを深く知れるようになりました。伝統産業やものづくりのことは、もう他人事でも、よくわからない世界のものでもありません。
海もあって山もある。自然豊かで釣りに行きやすいだけではなく、高岡の伝統産業を守ろう、盛り上げようとする人々がいる。その中で自分も活動ができているのはすごく嬉しいことです。地元高岡の伝統産業のド真ん中で、引き続き頑張っていきたいと思います。」
 
 
 
モメンタムファクトリー・Orii
 

編集後記

自分の好きな街に暮らすということは、結局自分の好きなものへの距離が近いかどうかということなのかもしれない、と櫻野さんの釣りのお話を聞いていて感じました。また、地元に住み続ける限り、あって当たり前と思ってしまうことでも、一度地元から離れてみると、その良さに初めて気づけたりします。そして余談ですが、取材と同じ日程で富山マラソンがあったため、高岡のみなさんからおすすめしていただいたホテルや旅館がどこも満室で泊まれませんでした。Oriiさんの照明を使用した、青がイメージカラーになっているホテルや、ものづくり体験ができる宿泊施設などもあるようなので、次回こそは、そういったところに泊まりたいです。
( ものづくり新聞記者 佐藤日向子 )
 
ものづくり新聞では、アンケートキャンペーンを実施中です。2023年12月15日までこちらのアンケートで記事の感想をお聞かせください。抽選で5名様に素敵なプレゼントもご用意しています。皆様からのご応募、お待ちしております!(※こちらのキャンペーンは終了しました。たくさんのご応募ありがとうございました。)

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